24 / 33
24 勇者の故郷 Ⅰ
しおりを挟む帰郷までに約一ヶ月ほどの旅路であった。
かつて村を出て王都まで向かう際には数ヶ月もかかったのだが、勇者の体とは本当に頑強なものである。
二十年ぶりに戻った故郷の村はまだ辛うじて原型を留めており、思いのほか植物の浸蝕も受けてはいなかった。元々、険しい環境ゆえに獣やモンスターもめったに姿をみせない地域なので、入り込んで荒らされることもなかったようだ。
共有の井戸のある中央広場には雑草が生い茂っている。
かつてはここで毎日のように村の女たちが飽きもせずにお喋りに興じていたものである。
広場を中心にして、周囲に円を描くように配置されている家々は、どれもそっくりな見た目と造りをしている。これはいざというときの修繕がしやすいため。辺境ではよくことだ。
井戸にはきちんと蓋がされていたので、内部にホコリや落ち葉などが紛れ込むこともなく、綺麗なままであった。この分ならばすこし水を掻き出せば問題なかろう。
記憶にある情景と見比べながら、廃村の中を見て回る。
情景の中で一緒に笑ったり泣いたりしていた者たちは、もう誰もいない。
みな流行り病であっさりと逝ってしまった。あまりの呆気なさに、子供の頃の私は「命とはそういうモノ」と思い込むことで悲しみを乗り越えたものである。
墓はない。死ねば燃やして灰と残った骨を地面に穴を掘って埋めてお終い。大地より生まれた命は死して大地に還る。これもまた辺境の文化だ。だから故人を偲ぶのは心の中でだけ……。
家々は大半が朽ちており崩れているものの、数戸は少しマシな状況。
さすがにそのまま住むわけにはいかないが、使えそうな箇所を寄せ集めればなんとかなりそうである。
辺境民は自給自足が原則なので、畑仕事から狩り、大工、鍛冶の真似事まで幼少期から体験させられるので、私も一通りはこなせる。
ガッチリとした体躯の父親は、母親に似てどこか線の細い私のことを心配して、小さい頃から厳しく仕込んでくれたので、自分で云うのもなんだがそこそこの腕前だと自負している。
王都での結婚を機に家を購入した際にも、内部や外壁などの手入れを自ら行った。
あの時は珍しくシーラが褒めてくれたものである。
そういえば彼女は元気にしているだろうか……、私が王都を発つ頃にはすでに離縁の手続きは完了していた。出張から戻ったルイの奴とうまいこといくといいのだけれど。
かつて畑があった土地も見て回る。すると人の手がなくなったのにも関わらず一部の作物が逞しく自生して残っていた。先祖たちの努力の結晶がわずかながらに息づいている姿を見て、私は少しだけ胸の奥が熱くなった。
ぐるりと村や近辺を周って、最後に自分の家があった場所へと足を向ける。
少し村外れの森の近くにあった家は、ものの見事に朽ちて一部の残骸を残すのみという有様であった。森に近い分だけ湿気などの影響を強く受けたようだ。一本だけ立って残っていた柱を蹴ると、足の裏から軽い感触がかえってきて、柱はポキリと半ほどから折れてしまった。内部にまで水気が及んでおり、これでは薪にも使えそうもない。
今後の方針を考えながら広場へと戻る。
「土はまだ生きているか……、とりあえず広場の草を刈るか。なんだか鬱陶しいし」
そう言って聖剣を鞘から抜く。
《また草刈りですか……、いい加減に自分が鎌になった気分ですよ》
心底、うんざりしているといった調子でボヤク聖剣の声が脳裏に聞こえてくる。
実際に村まで戻る道中で散々に草木を刈ったのだから、それもしようがあるまい。
だからとていちいち手でなんて抜いていたら陽が暮れてしまう。
ゆえに私は無視して、剣で地面を薙ぎ払う。
ほんのひと薙ぎにて発生した斬撃が走り、我が物顔で広場にのさばっていた雑草どもを駆逐していく。五回ほど繰り返せば、もうあらかた刈り尽くして、足下が随分と明るくなっていた。この調子で村の主だった場所の雑草を始末していく。
二時間も経つ頃には、とても廃村だったとは思えないほどに、村の内部は小奇麗になっていた。
「刈った草は集めて干し草にするとして、あとは寝床の準備だな。畑の方は明日にしよう」
草刈りを終えた私は、今度は比較的無事な家を見繕って住居と定めると、ここを修繕するのに必要な資材を集めるために、村の家々を漁り始める。
壊れ具合が酷い家は聖剣の一撃にて完全に破壊して、木材は燃料とすることにした。
板や柱、釘などまだまだ使えそうなモノを集めがてら、不要となった家を破壊して回っていたら、気がつけば随分と見はらしが良くなっていた。
「少し調子に乗り過ぎたか……、でもボロ屋を残して置いても見栄えがよくないしなあ」
《いいのではないですか。どのみちガトーしか住む者はいないのですから。いわば村全体が貴方の私有地みたいなものでしょう》
「あー、そういえば領主兼唯一の住人だったな」
そういえば私は土地持ちの領主である貴族であったのだな。
すっかり忘れていたよ。
2
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる