聖なる剣のルミエール

月芝

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22 動き出す者 Ⅰ

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 王への伝達は今では側近となった自分に率先して集まるようになっている。
 長い時間をかけて自然とそうなるように仕向けたのだが、おかげでジェニング王は自身を取り巻く状況に何も気づいていない。
 大火以降、己へと向けられている民の不信と憤懣を彼は知らない。
 むしろ即座に救助の手を差し伸べた自身を敬っているとすら考えている。
 
 女の情念の炎、その苛烈なことに驚きを禁じ得ないが、勇者の前妻は本当にいい仕事をしてくれた。
 大規模災害にも匹敵する今回の事件、暴露された真実に対する民衆の反応が予想以上にいい。ルイもシーラも死んで聖剣と勇者は不在、みなの怒りや不安の矛先がすべて王へと向けられている。
 しかも都合のいいことに、周囲の誰もがそのことに口を噤んでいる。
 わざわざ不興を買うような注進なんぞしたところで、なんら益などないからだ。せいぜい機嫌を損ねて怒鳴り散らされるのがオチであろう。なにより先の近衛騎士の処刑が地味に効いている。王がその気になれば罪状をでっちあげられて葬られるのを、まざまざと見せつけられたことにより、面倒事はごめんだと、みな王からそれとなく距離を置いているからだ。
 おかげで私は動きやすい。
 市中に潜んでいる仲間たちに、怪文書をばら撒かせ噂を流させたかいがあったというモノ。そしてここから先のあらすじは、私が書いた通りに進行していくこととなる。

 私は以前より、王の五人の娘たちの陣営と接触を図っていた。というよりも向こうから接触を求めてきたのだ。
 なにせ私は王にもっとも近いところにいる存在、彼の考えや動向にもっとも詳しい。次期王位を狙う方々からすれば、親しくなっておいて損のない人物なのだから。
 五人の娘たちは母方の実家を背景に各々が派閥を作っている。
 ジェニング王は娘たちを競わせるために放置しているようだが、すでに制御不能な段階にあることに気がついていない。いざともなれば自分が声を上げれば、みなが粛々と従うと思っているのだからお目出度い奴だ。常々、自分で「王族とは王位を目指す生き物」と言っているというのに。
 それはつまり、かつて自身が行ったことと同じ目に合うことを意味している。
 何度か彼女たちと接触していてわかったのだが、娘たちはジェニングに父親という感情を持ってはいない。あるのは現王としての意識のみ。せめてそこに尊敬の念でもあればまだ救いとなるのだが、あいにくとあるのは嘲りと邪魔者という認識だけ。彼女たちにとって父王は自分が王位につくための障害でしかないのだ。
 いやはや、なんとも似た者親子じゃないか。悪い所ばかりが似ているので、対峙すると思わず零れそうになる笑みを堪えるのが毎回大変なんだ。

「王は後継者には勇者を与えるおつもりです。彼は卓越した能力だけでなく、民からも厚く慕われており、諸外国からも信頼されている。そんな人物を側らに置くことで女王の治世を盤石とするお考え」

 ガトーが与えられた領地である自分の故郷へと旅立ってから、七日後にこの情報を娘たち全員に与えた。
 途端に色めきたつ連中、彼らはすぐに勇者に接触を計ろうとするも、すでに彼の姿は王城内にはない。
 滞在中となっている聖剣と勇者が、本当は不在なのを知るものは限られている。
 しかもそれが当人の療養したいという望みを、王が適えたという表向きの理由を信じ込んでいる者が大半で、真相を知るは私と王の二人きり。
 王は半年から一年ほど勇者の身を隠し、そのうちに彼の身辺整理をすませて、じっくりとどの娘と結ばせて、後継者とするかを見極めるつもりであったようだが、私はジェニングの奴にそんな時間を与えるつもりは毛頭ない。だからここから一気に流れを加速して終幕へともっていくつもりだ。
 
 そのための大切な駒もすでに用意してある。



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