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21 魔女と呼ばれた女 Ⅲ
しおりを挟むルイの首を大切に抱えて夜道を歩きながら考えるのは、どうしてこのようなことになってしまったのかということ。
初めはガトーを疑った。
だが脳裏に朴訥とした彼の姿が浮かぶと、すぐにその考えは霧散する。
けっして満ち足りた夫婦生活であったとはいえないが、それでも長いこと一緒にいたので、彼のことはある程度把握している。あの人は優しい、妻の不貞や親友の裏切りを自分のせいだと呑み込むほどに……、これは明らかにあの人の意向じゃない。
ならばルイをどうにか出来るのは誰?
ルイは貴族籍を持つ近衛騎士だ。適当な罪状をでっち上げて死罪へと追い込むのなんて、生半可な権力では不可能。犯人はかなり高位の人間だ。
不意にジェニング王の姿が思い浮かぶ。
夜会の席でなんどか顔を合わせる機会もあったが、こちらに向けるあの欲望塗れのギラついた双眸、やたらと纏わりつくような視線、そのくせ路傍の石ころでも見ているかのような様相……。
ああ、そうか、そうだったのか。奴か、奴が私の大切な人を奪った張本人なのかと、独りごちる。なんのためにそんなことをしたのかなんて知りようもない。だが奴が犯人だと私は決めつけることにした。
そんなことを考えていると、じきに自分の家へと辿りつく。
外壁には「魔女」だの「裏切り者」だの以外にも、口にするのも憚られるような女を卑下する言葉が、あちらこちらに落書きされてある。こうやって外からしげしげと眺める機会がなかったので、改めて見てみるとそれは酷いものであった。
家の中へと入った私はそのまま台所へと向かう。
戸棚から油の入った壺をありったけ取り出すと、鼻歌まじりで中身を家中に撒いて回る。
そしてリビングに戻ると、ソファーに腰を下ろしルイの首を抱きしめながら、明かりの燈ったランタンを床に投げ捨てた。
ガチャンとガラスの割れる音がして、途端に油を伝って家中に火が走り、燃え盛る炎となって私たちを照らす。
「いい具合に今夜は風が強いから、きっと盛大な篝火になるでしょうね。それこそ王都中を焦がすほどの。ジェニング王……、貴男が私の大切なモノを奪ったんだから、お返しに貴男の大切なモノを傷つけてあげる。私とルイの恨みの炎はどこまで燃え広がるかしら? それを見届けられないのだけが、ちょっと残念ね」
炎はやがて家中に燃え広がり、じきに首を抱いた女もそれに呑み込まれた。
深夜に起きた火事ゆえに、気づくのが遅れて近隣に飛び火し、おりしも吹き荒れる風にのって火勢を強め、ついには王都の五分の一をも焼き尽くす大火となった。
人口百万を誇る都を襲った火災。
単純計算で二十万近い住民らが焼け出されたことになる大火。
出火元が判明したとき、勇者の元妻であったシーラという女は、人々にとって本物の魔女となった。しかし当人もまた炎にまかれて、すでに灰塵となっており、犠牲に遭った人々はやり場のない憤りを抱え込むことになる。
国も懸命な復旧作業に勤しむも、一朝一夕には進むはずもなく、またみなが満足いくほどの援助が行えるわけもなく、次第次第に不満が水面下で燻り始めた矢先に、市井にある怪文書が出回り始める。
『この度の災いを招いたのはすべてジェニング王の愚行に原因がある。彼は勇者ガトーを欲するあまり、部下の近衛騎士を使い妻を貶める離間工作を行わせ、後に勇者を王家に取り込む算段であったのだ。だがこれを知って激怒した勇者は、すでに国を去った。王城に滞在しているというのはまやかしである。その証拠にあの慈悲深い勇者が、これほどの苦難にあっている王都の民に手を差し伸べないわけがないであろう。彼はすでにいないのだ。我らは見捨てられたのだ。欲深な一人の王のせいで勇者と聖剣の加護を永遠に失ったのだ』
大火の起こった日に執り行われた近衛騎士の公開処刑。
狂った魔女の凶行。
一向に姿を見せない勇者。
上辺だけを取り繕われた情報と、やたらと符号する真実の情報の数々。それらが対峙したとき、おのずと見えてくる答えがある。人々は愚かで自分の見たいモノしかみない傾向にあるが、さりとて直感的に正しいモノを選ぼうとする本能もまた備わっている。
遅々として進まない復興作業、充分ではないのに滞りがちとなる援助物資、焼け出された人々の不満、そこにばら撒かれた王に対する不信の種……、それは急速に発芽し深く根を張ることとなる。
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