聖なる剣のルミエール

月芝

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18 良妻を捨て賢母となった女

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 ルイ・ポーウェルに死刑宣告をした同じ夜のこと。
 私室へと戻った王に側近のポルカが声をかける。

「ジェニングさま、先ほどの約定なのですが……」
「ああ、あんなもの偽りに決まっておろう。死にいく者と交わす言葉なんぞに意味はない。せいぜいありもしない未来を夢みながら逝くがよいわ」王はしれっと口にした。
「そうですか、それを聞いて安心しました。なにせアレの妻子はとっくに出奔して国を出ていますので、追跡するとなると大変ですから」
「ふむ。勇者の妻と違ってそちらは敏いよな」
「ええ、どうやら夫の不倫相手が誰であるかを知ってから、いずれは大事になると予見していたらしく、密かに準備を整えていたようです。あえて実家に戻るのではなくて、国外にいるという商人の叔父を頼ったのも賢い選択かと」

 王と側近らに褒められていたのはルイ・ポーウェルの妻セレナ。
 彼女は中流貴族の家系の女で、夫とはお見合い結婚の末に結ばれた。家同士の結びつきによる婚姻ながらも、美男美女の二人は仲睦まじく結婚生活を営む。じきに跡取りとなる息子も生まれ順風満帆であるかに思われた。
 例え夫が外に女を作ったとしても、表面上は態度を変えることなく良妻を演じるセレナ。
 しかし次第にルイが相手にのめり込んでいくのに比例して、彼女の中での比重は自然と一人息子の方へと傾いていくこととなる。その結果、良妻は賢母へと転じ、その流れで息子が父親に向ける視線も変わっていった。
 かつては尊敬と羨望を持って向けられていた視線には、露骨な嫌悪と侮蔑の感情が込められるようになる。母を蔑ろにし傷つけ、家庭を省みない父に息子は幼いながらに敵愾心を持つに至る。

 妻の変心、息子の視線、自身の持つ後ろめたさ、諸々が重なりルイの足は自然と居心地の悪い自宅から遠ざかり、浮気相手のところに入り浸るようになっていく。
 そうなると行動が明け透けとなり、自然と周囲から注進をしてくれるお節介もいるわけで……、夫が誰のところに通い詰めているのかを知って、セレナは真っ青となる。
 ルイ・ポーウェルという男の正気を本気で疑った。
 よりにもよって世界の災厄を鎮めるために最果ての地へと赴いている勇者にして、自分の親友である男の妻のもとに通っているというのだから。
 いずれトンデモナイことになるに違いないと考えたセレナは、連座を恐れた。
 法律的なことではない。民衆の怒りの矛先が、のんびりとしていたら必ず自分たちの方にも向かうという確信があったからである。
 罪人の身内というだけで、途端に世間は冷たくなる。たとえその妻や子供にはなんら罪がなくとも、同類とみなされる。誹謗中傷程度で済めばいいが、夫が関係しているのは勇者の妻だ。最悪、怒り狂って蜂起した民衆らに、よってたかって私刑に処されることすらありうる。
 ゆえにセレナは夫をそれとなく窘めるようなことも口にしてみたが、彼はまるで聞く耳をもたない。それどころか余計に酷くなっていく様子を見て、彼女は早々に彼を見限ることにした。

 守るべき優先順位は息子のウィルモンド、次に我が身、あとは資産と定めて、この日よりコツコツと準備を始める。
 国外にいる親類に渡りをつけて、いざという時のための逃亡先を用意し、かさ張る私財は宝石などの持ち運びしやすいモノに換えた。
 そして注意深く、夫の動向に目を光らせていると、不意にルイがまったく家に帰ってこない日が続いた。その直後に勇者が凱旋するという報が王都中を駆け巡る。これを受けてセレナはその日のうちに行動を起こす。
 私財の他は最低限の着替えだけが入った鞄を持ち、反対の手には七歳になる息子の手をしっかりと握って、住み慣れた王都を出奔した。

 母子が国を出るまで見張りについていた手の者より、「子供を連れているというのに鮮やかな逃亡であった」と誉め言葉が寄せられるほどに、セレナ母子の動きは見事であったという。

「哀れなものよ。とっくに妻子に捨てられているというのに、それに気づかず自分が守っているつもりになっているのだからなあ」

 赤いワインの入ったグラス片手に、クククと王が笑う。その声のなんと不快なことか。
 そんな主の姿を見つめる側近のポルカの顔には、なんら表情が浮かんではいなかった。



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