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17 道化となった騎士
しおりを挟む不意に帰宅したガトー。
よりにもよって一番見られなくない場面を、一番見られたくない相手に見られた私は、慌てて親友の家から逃げ出した。
時間がたち落ち着きを取り戻してからは、これでシーラとガトーの仲は終わり、なんとか任務を果たしたことになるのではと考え直し、お伺いをたてるために王の側近であるポルカさんに連絡をとった。
呼び出された城内の一室で私を待っていたのは、複数の覆面姿の騎士たち。
無言の彼らに問答無用で身柄を拘束され、東の塔の地下深くに幽閉された。
東の塔は重罪人などを留置するための場所、ゆえに壁は厚く造りは頑強、ある意味城内にてもっとも堅固な場所かもしれない。
地の底にて両手両足を鎖に繋がれ不自由を強いられる。
食事を運んできてくれる牢番に「何かの間違いだ。ポルカさんを呼んでくれ」と何度もかけ合うも相手にされない。それもそのはずだ、なにせ彼には耳が無かったのだから。
陽の光もまるで届かない地の底、耳のない牢番によって朝夕と運ばれてくる食事の回数にて辛うじて日数を計る。初めはどこか楽観視していた。きっと何かの間違いなのだと。だが三日経ち、五日経ち、十日が経ち、ついには二週間を超えると、さすがに理解せざるを得ない。
自分が意図的にここに放り込まれているということを。
ひょっとして激怒したガトーが王に嘆願してこうなったのかと考えた。だがそのわりには音沙汰がなさすぎる。虜囚となった惨めなこの姿を見物に来てもおかしくないであろう。いかに王命とはいえ、一方的に殴られても当然のことをしたのだから、それこそ聖剣で一刀両断にされても文句はいえない。だが待てども待てども彼は姿を見せない。
凱旋した勇者の身ゆえに忙しくて、こちらに構っている暇がないのかもしれないが、あまりにも反応が薄すぎる。それに彼の性格を考えると、やはり違うように思えてきた。
あれは取り返しのつかない過去に労力を費やすよりも、その分を前に注力するタイプだ。大人しそうなくせして、妙に思い切りがいいところがある。
そんなことを考えているうちにも日数は過ぎて行き、そろそろ一ヶ月が過ぎようという時になって、ようやくジェニング王と側近のポルカが揃って姿を現した。
開口一番、王はこう言った。
「すまぬが、国のために貴様の命をもらうぞ」
わけがわからずに呆気にとられている私をよそに、淡々と側近のポルカが語ったところによれば、どこから漏れたのか私とガトーの妻であるシーラとの醜聞話が、広く市井に流れているという。
勇者を裏切った二人に対する世間の反応は苛烈にて、このままでは暴動さえ起きかねないほど。それだけガトーという男がなしたこと、勇者として積み上げてきたモノが大きかったのだ。
世界のために、人々のために、必死になって戦ってくれた勇者を裏切るだなんてと民衆は激怒した。醜聞が人伝手に広がるほどに憎悪が重なっていき、どんどんと膨れ上がり、すでに暴発一歩手前であるという。
妻であるシーラに関してはまだいい。か弱き女の身につき、長い間、夫に放っておかれて心細かったのであろうとの同情論もある。しかし私に関しては、あるのは嫌悪感のみ。
王国に仕える騎士の身でありながら、一歩間違えたら勇者を敵に回し、国をも危険に晒す売国奴。親友を裏切ったクズ人間。女性の弱みにつけ込んだ最低野郎……、などなど。ありとあらゆる罵詈雑言の嵐がルイ・ポーウェルという名前に付随しているのが現状。
厳罰を望む嘆願も日に日に増えていく一方、このまま放置しては国の大事に発展しかねない。だから「死んでくれ」と王は重ねて言った。
自分は貴方の命令に従っただけだ! と抗議するも「だからなんだ?」と平然と言われてしまう。それどころか「もしも断るのならば、妻子の身の安全は保障しかねるぞ」と脅された。ここにきてようやくジェニング王が、はなから自分を人身御供とするつもりであったことを悟る。
ああ、なんと私は愚かであろうか。友を裏切り、妻を息子を家族を裏切り、己が矜持をも裏切って、それでも騎士であろうとした挙句がこのザマだ。いかに王命とはいえ人の道を踏み外した時点で、ロクな結末などありえなかったというのに。
いつの頃からか罪悪感と背徳感が愉悦にかわり、シーラとの関係にどんどんとのめり込んでいく自覚はあった。そこで立ち止まれなかった弱さが、いまの破滅へと繋がっているのも事実。ゆえに我が身が地獄に落ちるのは仕方がない。だが、だがせめて……。
「……わかりました。我が身はいかようにもなさって下さい。その代わりに妻や我が子のことをお願いします。それからシーラのことも」
「よかろう。その方の妻、たしかセレナといったな。実家の方に姓を戻し、しかる後に子を取り立てると約束してやろう。シーラについてもどこか静かな地で穏やかに暮らせるように便宜を図ろう。だから安心して逝くがよい」
「はい。後のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
ジェニング王との秘密の会合があってから、十日後のこと。
私は都中を引き回しのうえ、公開にて首を刎ねられた。
享年38、騎士としてはあまりにも不名誉な最期であった。
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