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16 聖剣
しおりを挟む主神に命じられて聖剣として地上に赴き、これまでに導いた勇者の数は今代を含めて百と八。
一番はじめの勇者は若い娘であった。
パン屋の子で、とにかくよく泣いていたのを憶えている。
闘いが怖いと言っては泣き、モンスターが怖いと言っては泣き、勇者という肩書に群がる大人たちが怖いと言っては泣き、旅が辛いと言っては泣き、寂しいと言っては泣く。
終始、こんな調子であったので思い出されるのは泣き顔ばかり。それでも大切なモノを守るために逃げ出すことはなく、踏ん張れる強さと綺麗な心を持った娘であった。
そんな彼女はなんとか旅を終えると、幼馴染の男性と一緒になり、穏やかな余生を過ごし孫らに囲まれ笑顔にて逝った。
大半が旅を終えた後は、初代のように闘いから離れて心穏やかに過ごす。
だがなかには終生を闘いの中に身を置いた者もいる。
彼は勇者の使命を果たした後に冒険者となり、各地を放浪してはひたすら狂暴化したモンスターを狩り続ける人生を送る。だがそれも仕方があるまい。なにせ彼は勇者に選定される少し前に、大切な者たちを目の前で失っていたのだから。
生きながらにモンスターたちに喰われる家族や恋人の姿を間近に目にした彼は、心の底からアレらを嫌悪していた。その憎しみの炎は、終生消えることなく彼の魂を炙り続ける。戦って、戦って、戦い続けて、そして彼は逝った。
人々はそんな彼を讃えて、辺境の英雄と呼ぶが、実態は虚しく不毛な人生であったと思う。
使命の途中でチカラ尽きた者もいた。
卑劣な裏切りにあい無念のうちに倒れた者もいた。
増長の果てに歴史の闇に葬られた者もいた。
いかに聖剣と勇者のチカラが強大とはいえ、無敵というわけではない。
その気になればやりようはある。それでも仕掛ける側とて多大な犠牲を強いられることになるであろうが……。
歴代の中にあって今代の勇者であるガトーは異彩を放つ。
まず一切の増長も高揚もない。
人間の心は弱い。
人と違う特別なチカラを得ると、大なり小なり心に変化が生じる。勘違いをする。自分は特別な存在なのだと自惚れ、ときにチカラと血に溺れる。そこで踏みとどまれるか、自戒できるかには個体差がある。
ガトーは歴代の誰よりも周囲の期待に応えようと、勇者業に勤しんだ。ここまで己を殺し従順だった者は他にはいない。
だが何よりもガトーという男が異質であったのは、聖剣との適合率だ。
人間の体は是弱だ。
これは歴代の勇者の誰にも話したことのない事なのだが、私に選ばれた時点で対象者の肉体は人間ではなく勇者という存在へと昇華させられる。そうしないととてもではないが過酷な旅に耐えて、封印の儀を執り行えない。濃厚な瘴気に充てられて精神を病み、肉体をも蝕まれる。人が勇者となりて初めて最果ての地で満足に活動できるのだ。またそんな勇者の周囲にいることで、供の者らも正気を保っていられる。
通常の適合率は、高くても五割に届かない。
つまり半分は人間のままでいられるということ。だから使命の後に普通に結婚したり、日常生活に戻ることが可能となる。
だというのにガトーに関しては九割を超え、十割に達するほど。
ありえない適合率の高さ。勇者選定直後から始まった彼の肉体改造は猛烈な勢いにて進み、結果として当人を随分と不安にさせてしまったようだ。
そして勇者という唯一無二の人外へとなったがゆえに、癒えることのない孤独をも背負わせてしまった。
挙句に妻は浮気し、その相手は自分の親友という悲劇を経て、ついに彼の家庭は崩壊した。
歴代勇者の中でも、指折りの悲惨な旅の結末を迎えたガトー。
普通ならば自棄を起こしてもおかしくない。激情のままに狂ってもおかしくない。
なのに彼は変わらない。いや、中身が変わったがゆえに平然としていられるのか。強制的に人であることを辞めさせられたがゆえに、彼の心は平静を保っていられているとは、なんたる皮肉であろう。もはやかける言葉も思いつかない。
そんな彼が故郷に帰るという。
当人は長旅の疲れによる心神喪失だと考えているようだが、それは違う。
ここにきて彼の適合率が、またジリジリと上がり始めているがゆえのこと。こんなことは今までにも経験したことがない。
ここにきてのかつてないほどの完全体に等しい勇者の出現……、何か意味があるのだろうか?
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