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15 帰郷する勇者
しおりを挟む王都でのすべての用事を終えた私は、新たに自分の領地となった故郷へと旅立つ。
表向き勇者は王城内に留まっているということになっている。帰国したばかりの勇者が、すぐに王都を離れるというのは人心を乱すとの配慮だ。
それなのに休養へと向かうことを許可してくれたジェニング王には感謝だな。
シーラとの離縁に関しては、王の側近であるポルカさんの用意してくれた代理人が滞りなく進めてくれるというから、安心していいだろう。
唯一の心残りといえば、ついにルイの奴と会えなかったこと。
彼の上司にあたる人物の話によれば、急な出張で都を離れているということであった。別に怒っちゃいないことや、それどころかこれまでの彼の尽力に深く感謝していることを伝えたかったのだが……。
私は頭からローブを被り、一人の旅の剣士として都を離れる。
一応は領地持ちの貴族の端くれとなったので、貴人用の門を潜る。
衛兵らには事前に通達がなされていたらしく、特に手間取ることもなく通過できた。
一人旅というのは久しぶりなので、少しだけワクワクしている。使命なんてモノがないので足取りも軽い。都から離れるほどに心も軽くなるのを実感する。
あそこには良くも悪くも人と物が溢れている。その気になれば何でも揃う。なのにどこか満ち足りないと感じてしまうのは、私が不自由さが当たり前の環境で育った田舎者であるがゆえであろうか。
最初に立ち寄った街で、故郷方面へと向かう寄合馬車に便乗する。
いざという時には助太刀をする条件にて、乗車料金が半額になったのは地味に嬉しい。
こんなことで喜んでいる辺りが、やはり自分は庶民なんだと思う。なのに勇者となって世界を救い、いまや妻に愛想を尽かされた領主さまなんだから、人生なにが起こるかわからない。
馬車の旅は快適だった。まだまだ王都に近いせいか治安もよく、生息する獣やモンスターらも少ないし気質もわりと大人しい。寄ってきたところで少し剣気を放てば、怯えて逃げてしまうのだから可愛いものだ。
五日ほど馬車に揺られて、商業都市へと到着。
今度はここで自分の故郷方面へと向かう商隊の護衛に紛れ込む。
三日ほどは平穏な道行きであったが、四日目に賊に襲われる。
どれほど国の政に心を砕こうともこの手の輩はいなくならない、雑草みたいなものだ。見かけるたびに駆除するほかない。
私は聖剣を布にくるんだままで、予備に持ってきた安物の剣にて、馬車へと群がってくる賊らを二十人ばかり蹴散らした。
彼らの攻撃はあまりに遅く、鈍く、避けるのも億劫になるほどに温い。
最果ての地の最深部まで進んだ身からすれば、あまりにも是弱である。だが是弱であるがゆえに手加減するのが大変であった。これならば凶悪なモンスターを相手にするほうがよっぽど楽であろう。なにせあっちはぶった切るだけで済む。ずっと敵を屠るためだけに剣を振るってきたので、活かすという剣を学んでこなかった。これからは訓練の中に手加減という項目も入れないと駄目だと痛感する。
襲ってきた賊のうち半数近くを一人で倒した私を、商隊を率いていた男が専属で雇いたいといってくれたが、それは丁重に断る。
なにせ私の帰郷の目的は、療養なのだ。静かな環境であらゆる雑事から解放されて、のんびりと過ごし、疲れきった心と体を癒すのだから。
商隊との旅は十五日続き、そこからは別れて単独にて故郷の廃村を目指す。
かつてあった細道もすでに通る者がいなくなって久しいせいで、草木に覆われ獣道のほうがまだマシという有様。そんな中を突き進む。
人の目がなくなったので聖剣を取り出し、これで立ち塞がるものを薙ぎ払う。
《フフフ、貴方ぐらいですよ。私で草を刈る勇者なんて》
初めは杓子定規で気取った言葉しか話さなかった聖剣も、長い旅路を経て多くの会話を交わしていくうちに、随分と砕けた物言いをするようになる。
それでも彼女は多くを語らない。聖剣や神々、最果ての地の下にあるモノについては、いくら問いかけても答えてはくれない。勇者についてだけは懇願の末にどうにか聞き出すことが出来たが、それとても十全ではないのであろう。
使命を終えたので聖剣をもとの聖堂に戻そうとするも、それは当人ならぬ当剣に断られた。
なんでも勇者がある限り、その側にいることになっているのだとか。それだと私がどこぞで野垂れ死にした場合、剣が行方不明とかになるのでは? という心配は無用であった。
持ち主が死ぬと自動的に聖堂の台座に戻る仕組みなんだと、便利だな。
故郷まではこの森を抜けて、山に分け入り、いくつかの難所を超える道のり。
先はまだ遠い。
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