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14 王の側近 Ⅲ
しおりを挟む聖剣と勇者は我々にとっては天敵にも等しい。
だが私個人としてはそれほど勇者を敵視してはいない。過去の奴らがどうであったのかは知らぬが、少なくとも今世の勇者であるガトーという男は好戦的な性質でもないし、彼の身に起こった諸々に対して同情すら憶えている。
彼は本当にただの事務員であった。
職場での評価は真面目で誠実さだけが取り柄の人物。コツコツと日々の仕事をこなし、家に帰っては眠るだけの生活。酒や賭け事、女遊びもしない。傍目には何が楽しくて生きているのか? と思われがちな人物だが、それは見る側に問題があるのだ。
恵まれた箱庭での暮らしに慣れきった王都の連中からすれば、退屈な人物に映るかもしれないが、それは違う。彼はただ毎日を懸命に直向に生きているだけだ。
ガトーという男は、あまり恵まれた境遇ではない。
辺境の僻地育ちで、生まれ故郷はすでに失われ、肉親も残ってはいない。だからであろうか、感覚が王都の連中とは明らかに違う。生きるということにのみ重点をおいている。ゆえに目の前の物事に真摯に向き合う。真面目なだけではない、彼は生きることに必死なのだ。明日はどうなるかわからない。今日と同じ日が明日も明後日も続くだなんて、信じちゃいない。
産まれ育った辺境の厳しい環境ゆえに培われた信条に従い、彼は行動していた。
誰よりも生きることに誠実であり続けていた。
チカラはない、お金も権力もない、でも強い男だ。
種族は違えどもその生き方に私は敬意を表する。
そんな男がなんの因果か聖剣に選ばれて勇者となった。
根が真面目なのだろう。彼は懸命に勇者業に勤しむ。当初は多かった反発の声も、彼の活躍が目立ち始めると自然と静かになっていく。
日に日に勇者として覚醒していく。だというのに偉ぶることも、チカラを誇示することも、相手によって態度を変えることもない。勇者となっても彼は彼のままであった。
いや、あえてそうであろうと努めているようにも感じる。
だが皮肉にもそんな彼だからこそジェニング王に目をつけられた。
強大にして従順、意のままになる勇者はさぞや使い勝手のよい駒に、王の目には映ったことであろう。
そして当人が知らぬところで始まる愛憎劇。
舞台演出をしている私が言うのもなんだが、彼には本当に申し訳なく思っている。
勇者が使命を果たし、極秘に帰国するという情報はいち早く手に入れていた。
あまり派手なことを好まない彼らしい。
てっきり直接、王城に帰還の報告をしに現れるものと思っていたのに、まさかの自宅に直帰して不倫現場に遭遇するという事態を受けて、私は慌てた。
筋書きでは妻が不倫の果てに相手に本気になって、自分から離婚をガトーに切りだすという流れであったのに、これでは逆になりかねないから。それならばまだいい方で下手をしたら激高した勇者が、聖剣にて二人を殺めたとて不思議ではない状況。
理性的な勇者のおかげでなんとか事なきを得たが、一歩間違えば刃傷沙汰に発展してもおかしくなかった。
だが計画がいささか狂ったことには違いない。
念のために王にお伺いをたてると、彼は愉快そうに目元を細めてこう言った。
「よいよい。それならばそれを利用しようぞ。時期をみて市井に噂を流せ。『勇者の妻と親友が彼を裏切っていた』とな。さぞや世間の同情を集めることであろう。どのみちあの二人は始末するつもりであったから丁度よいわ。せいぜい世間の憎しみを一身に集めて、よい生贄となってもらうとしよう」
ジェニング王はどこまでもゲスであった。
おかげでより煽情的になる勇者の周辺事情。
帰還した英雄が地位に目が眩んで妻から姫に鞍替えするのは具合が悪いので、妻から自主的に離れてもらおうと始めた計画であったが、妻が夫の親友と不倫関係にあるということが加味されることで、すでに勇者側の大義名分は立っている。
夫から堂々と離縁して姫と結びついても誰からも非難される謂われはない。だが欲深な王はそれだけでは満足できないようだ。どうせ破棄する存在ならば、利用し尽くして骨の髄までしゃぶろうという魂胆。そんな己の浅ましさが己の首を絞めることになろうとは知る由もないのだろう。
笑っていられるのも今のうちだけだ。
だからもう少しだけ我慢しよう。
この醜悪な生き物の側で……。
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