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13 王の側近 Ⅱ
しおりを挟む貴族のご婦人方をけしかけて、勇者の妻を追い詰める。
動かすのは簡単だった。耳元で「あの女は勇者の妻として相応しくない。もしも貴女だったならば……」と囁くだけでよかった。一人が動くとあとは雪崩をうち、競い合うかのように獲物に群がる。
ある日、突然に勇者の妻という地位を得たシーラという名の女。
当人も戸惑ったことであろうが、周囲もまたしかり。
勇者は仕方がない、なにせ聖剣が選んだのだから。
だがその妻の座は違う。たまたま手に入れただけのこと。これに多くの嫉妬や妬みが集まる。特に自己顕示欲の強い貴族の令嬢方の僻みは酷かった。こちらが焚きつける必要もないほどに憤懣している者もいた。だから私がそれらのはけ口を示してやるだけで、さながら水門に流れ込む奔流のように、負の感情が勇者の妻へと向かった。
ネチネチとした同性虐めは、見ていて吐き気をもよおすものであった。
女の敵は女というが、人間の女というのはあそこまで残酷になれるのかと怖気を震う。
だというのにシーラはなかなか根をあげない。
とっとと逃げ出して楽になればいいものを、それほどまでに夫であるガトーを愛しているのかなどと考えていたのだが、よくよく調べてみてわかったのは、彼女が頑なに耐えている理由が「家」にあったということ。
幼少期に一度、自宅を失ったことのある勇者の妻は、同じ目に合う事を極端に恐れている。家なんぞはただの寝床に過ぎないであろうに、と考えるのは自分が人とは違う生き物だからであろうか。
なんにせよ、彼女が家に固執する様は妄執に近く、こうなると生半可なことでは動かない。難儀なことにたとえ骸に成り果てても喰らいついていそうな勢いである。
それから出入している勇者の友人の男という存在も、何気に邪魔であった。
もともと女のあしらいが巧いのか、せっかく沈みかけていたシーラの心をわざわざ引き上げてしまう。近衛騎士というが、いっそ事故にでも見せかけて始末してしまおうかと考えていた矢先に、王が底意地の悪い提案をする。
ルイ・ポーウェルという美丈夫の騎士を使って、勇者ガトーの妻を篭絡する。
ジェニング王の筋書きはこうだ。
艱難辛苦の末に使命の旅から戻った勇者。
だがそんな彼を待っていたのは親友と妻の裏切り。
絶望に打ちひしがれる勇者。
世間の同情は勇者へと向かい。勇者を裏切った二人をきっと許さず、怒るであろう。
騒ぐ民衆らを尻目に、王が手を差し伸べて勇者を姫の婿に迎える。
かくして不幸な勇者は救われ、その身に集めた絶大な人気と同情をも丸ごと王家は取り込み、より強固な支配体制を確立する。そして裏切り者たちを始末することで、民衆の溜飲も下がり、更なる支持率へと繋げる。
呆れるほどに姑息な手段だ。
しかし民衆がこの手の話が大好物なのも事実。実際に成功したら、さぞや興奮し熱狂することであろう。もっとも成功したらの話だがな……。
私は市井に潜っている仲間たちと連絡をとり、今後の方針を伝える。
最後の方だけ王の筋書きを変える。勇者を巡る醜聞が世間を賑わせているタイミングにて、それらが実は勇者を手に入れるために王家主導で行われた陰謀であったと、世間に流布してやることにした。
民は他人の醜聞も大好きだが陰謀説も好きなのだ。しかも今回のは真実なので、さぞや耳目を集めることであろう。他にもいくつか工作を施すつもりだ。
それにしても騎士という職業も大変だな。
親友の妻と浮気しろだなんて馬鹿な命令にも、黙って従わなければならないのだから。戸惑う騎士を言葉巧みに誑かす王。こういうところだけは巧いもんだと感心する。もっとも尊敬はしないし、見習いたくもないがな。
とはいえやはり抵抗が強かったのであろう。ルイという騎士と勇者の妻が実際に肉体関係を持つまでには、勇者が国を発ってから一年近くもの時間を費やしたのだから。
国のためにと己を殺し道を踏み外した立派な騎士さまも、一度、肉体を重ねたら歯止めが利かなくなったようで、そこからはどんどんと深みにハマっていく。まるで背徳感という美酒にでも酔っているかのよう。
本気になったらなったで、いっそのこと二人で出奔でもすればいいのに。
変わらず家という鳥籠に固執する女と騎士であり続けようとする男。
どちらも哀れで滑稽だな。
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