聖なる剣のルミエール

月芝

文字の大きさ
上 下
9 / 33

09 勇者の友人である騎士 Ⅱ

しおりを挟む
 
 聖剣の勇者となった友人の生活は一転した。
 それは彼の周囲も同様だ。
 当人をのぞけば、もっとも影響を受けたのは奥方のシーラであろう。
 交友関係ががらりと変わり、苦労しているという噂を耳にする。
 貴族の付き合いは、世間のそれとは大きく異なる。何気ない所作や言葉のやりとり一つとっても意味がある。それらを今さら急に身に着けろというのは、あまりにも酷な話だ。かといって断れば裏で何を言われるかわかったもんじゃない。誘いを断るにしても、相応の理由と対応が求められるのだ。ずっと貴族籍にある騎士の家系で育ってきた自分でも辟易するというのに、彼女の付き合う相手は更に高位にまで範囲が及ぶという。
 心配になったので、それとなくガトーの耳にも入れてみたのだが、彼もまた一杯一杯で家庭を省みる余裕なんてない。生きるか死ぬかの戦いの場から戻った友人に向かい「ちょっとは奥さんも気にかけてやれ」とはとても口に出来なかった。
 
 だからせめて一助になればと、ときおり彼の家へと訪ねていっては都でも人気のお菓子やら、キレイな花束なんぞを差し入れて、シーラの愚痴に耳を傾けたりして気晴らしの相手を務めるようになる。
 これぐらいしか友人として、いまの自分にしてやれることはない。
 その過程で知ったのだが、シーラを取り巻く環境は私の想像を遥かに超えていた。
 妬み嫉みといった人間の負の感情は、勇者だけでなくその妻にも向かっていたのである。

 なんら後ろ盾のない彼女を追い落し、妻の座を射止めたならば、たちまち勇者の奥方だ。
 それは王妃や国母に準ずる栄誉となり、やりようによっては良妻として歴史に名を残し、語り継がれる存在となれる。自己顕示欲の塊のような貴族の女からしたら、是が非でも欲しいモノであろう。それが少し手を伸ばしたら届くところにあるのだから、あれらが動かないなんて選択は端からなかったんだ。
 訪ねる度にやつれが目立つようになっていくシーラが、どうにも不憫で放っておけなくて、つい足繁く友人宅へと通うことになる。
 私の顔を見て、気丈にも「大丈夫」と微笑んで見せる女が哀れであった。

 一年ほどの国内での活動を終えて、いよいよガトーが最果ての地へと旅立つという時期のこと。突然、夜更けに王より呼び出される。
 出向いた先で命じられたのは、国家安寧のためにシーラを口説けという突拍子もないモノであった。「親友の妻と浮気しろ」と王から直々に言われた私は、わけがわからずに混乱するばかり。
 勇者と王族との結びつきにより、国をより確固なモノとするという説明を受けても、なおも躊躇している私であったが、「もし引き受けなければシーラの身に不幸が起こるかもしれない」とまで言われては頷くしかなかった。
 この方はやると言ったら必ずやる御方だ。なにせ自分が王位につく際に、父である先代を追い落とし、血を分けた実の兄弟たちすらも、容赦なく手にかけた人なのだから。

 親友の奥方を守るために彼女を口説き堕とす。
 そんな回りくどいことをせずとも、権力にて強引に退かせるのは簡単だ。だがそれでは勇者に不信の目が向く。地位に目が眩んで妻を捨てた堕ちた英雄として蔑まれる。王はこれを望まない。勇者は栄光のままに王家に迎え入れられることに意味がある。だから国のために彼女に自ら身を引かせる。そのための布石となれと王は言った。
 
 抵抗がないと言えばウソになる。だが同時にこうも考える。
 もしかしたらこれはシーラにとっても、ガトーにとっても救いとなるのではないのかと。
 使命を果たし、世界を救った勇者が帰国の後に姫君と結ばれる。まるで物語や芝居のような結末だ。そして勇者の妻という枷から解き放たれたシーラは、貴族らの毒牙から解放されて楽になれる。もうあんな寂しい笑顔を見せる必要もない。きっと心の平穏と静かな暮らしをとり戻せる。
 
 いや……、すべては自分自身を誤魔化し、納得させ、正当化するための言い訳に過ぎない。
 
 騎士にとって王の命令は絶対。
 剣を捧げ仕えるとはそういうこと。
 もしも王が首を差し出せと言えば、自らの剣にて首を落とす。
 騎士とはそういう生き物。
 そして自分は王国に仕える騎士なのだ。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...