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09 勇者の友人である騎士 Ⅱ
しおりを挟む聖剣の勇者となった友人の生活は一転した。
それは彼の周囲も同様だ。
当人をのぞけば、もっとも影響を受けたのは奥方のシーラであろう。
交友関係ががらりと変わり、苦労しているという噂を耳にする。
貴族の付き合いは、世間のそれとは大きく異なる。何気ない所作や言葉のやりとり一つとっても意味がある。それらを今さら急に身に着けろというのは、あまりにも酷な話だ。かといって断れば裏で何を言われるかわかったもんじゃない。誘いを断るにしても、相応の理由と対応が求められるのだ。ずっと貴族籍にある騎士の家系で育ってきた自分でも辟易するというのに、彼女の付き合う相手は更に高位にまで範囲が及ぶという。
心配になったので、それとなくガトーの耳にも入れてみたのだが、彼もまた一杯一杯で家庭を省みる余裕なんてない。生きるか死ぬかの戦いの場から戻った友人に向かい「ちょっとは奥さんも気にかけてやれ」とはとても口に出来なかった。
だからせめて一助になればと、ときおり彼の家へと訪ねていっては都でも人気のお菓子やら、キレイな花束なんぞを差し入れて、シーラの愚痴に耳を傾けたりして気晴らしの相手を務めるようになる。
これぐらいしか友人として、いまの自分にしてやれることはない。
その過程で知ったのだが、シーラを取り巻く環境は私の想像を遥かに超えていた。
妬み嫉みといった人間の負の感情は、勇者だけでなくその妻にも向かっていたのである。
なんら後ろ盾のない彼女を追い落し、妻の座を射止めたならば、たちまち勇者の奥方だ。
それは王妃や国母に準ずる栄誉となり、やりようによっては良妻として歴史に名を残し、語り継がれる存在となれる。自己顕示欲の塊のような貴族の女からしたら、是が非でも欲しいモノであろう。それが少し手を伸ばしたら届くところにあるのだから、あれらが動かないなんて選択は端からなかったんだ。
訪ねる度にやつれが目立つようになっていくシーラが、どうにも不憫で放っておけなくて、つい足繁く友人宅へと通うことになる。
私の顔を見て、気丈にも「大丈夫」と微笑んで見せる女が哀れであった。
一年ほどの国内での活動を終えて、いよいよガトーが最果ての地へと旅立つという時期のこと。突然、夜更けに王より呼び出される。
出向いた先で命じられたのは、国家安寧のためにシーラを口説けという突拍子もないモノであった。「親友の妻と浮気しろ」と王から直々に言われた私は、わけがわからずに混乱するばかり。
勇者と王族との結びつきにより、国をより確固なモノとするという説明を受けても、なおも躊躇している私であったが、「もし引き受けなければシーラの身に不幸が起こるかもしれない」とまで言われては頷くしかなかった。
この方はやると言ったら必ずやる御方だ。なにせ自分が王位につく際に、父である先代を追い落とし、血を分けた実の兄弟たちすらも、容赦なく手にかけた人なのだから。
親友の奥方を守るために彼女を口説き堕とす。
そんな回りくどいことをせずとも、権力にて強引に退かせるのは簡単だ。だがそれでは勇者に不信の目が向く。地位に目が眩んで妻を捨てた堕ちた英雄として蔑まれる。王はこれを望まない。勇者は栄光のままに王家に迎え入れられることに意味がある。だから国のために彼女に自ら身を引かせる。そのための布石となれと王は言った。
抵抗がないと言えばウソになる。だが同時にこうも考える。
もしかしたらこれはシーラにとっても、ガトーにとっても救いとなるのではないのかと。
使命を果たし、世界を救った勇者が帰国の後に姫君と結ばれる。まるで物語や芝居のような結末だ。そして勇者の妻という枷から解き放たれたシーラは、貴族らの毒牙から解放されて楽になれる。もうあんな寂しい笑顔を見せる必要もない。きっと心の平穏と静かな暮らしをとり戻せる。
いや……、すべては自分自身を誤魔化し、納得させ、正当化するための言い訳に過ぎない。
騎士にとって王の命令は絶対。
剣を捧げ仕えるとはそういうこと。
もしも王が首を差し出せと言えば、自らの剣にて首を落とす。
騎士とはそういう生き物。
そして自分は王国に仕える騎士なのだ。
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