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08 勇者の友人である騎士 Ⅰ
しおりを挟む貴族籍に産まれた者は、生まれながらに進むべき道が定められている。その道を外れるのは容易なことではない。しかも幼少期の頃より、それが当たり前のように刷り込まれて育てられた者が、自分の生き方に疑問を抱くような年頃になった頃には、すでにどうしようもない状況に置かれているのがほとんど。
私もそうであった。
騎士の家系に生まれた私は物心つく頃には、すでに剣を振っていたし、父のような騎士になることにも不満はなかった。だがそれでも心にひゅるりとすきま風が吹くことがある。用意された道の上を黙々と歩くだけの人生に、意味があるのかと疑問が生じるのだ。考えたとて、どうしようもないというのに……。
学生の時にガトーと出会った。
声をかけたのはこちらからだ。
正直いって冴えない見た目の地味な男だった。だが成績は良かった。そのくせ才を鼻にかけることもない。秀才が陥りがちな傲慢さや、どこか他者を見下すようなこともなく、ただ毎日を懸命に生きている直向な姿に、自分の中にはない強さを見て彼に惹かれた。
親しくなるほどに彼の境遇を知って驚いた。
故郷を失い、家族を失い、一人きりとなっても、それでも前を向いて生きている。
王都という温室育ちの恵まれた環境に慣れきった自分には、想像もつかない過酷な世界を彼は歩いてきた。だというのにガトーは「辺境なんてそんなもんだろ」の一言で片づけてしまう。
生き残った者が強者であり勝者、死ねばすべて土に還るだけと平然と言える男。
その言葉にはなんら気負いもない。彼は心の底からそうなのだと信じているのだ。生き方が違う。物事を考える尺度が違う。死生観が違う。
貴族だからとか平民だからということは関係ない。自分の腰に差した剣とは違う強さを持った彼に、密かに憧れすらも抱くようになっていたと思う。
だからであろうか……。
彼が聖剣に選ばれたとき、周囲の誰もが「何かの間違いだ」と口にしていたというのに、私はありうることだと妙に納得したものである。
勇者となった友人に最初に剣の手ほどきをしたのは私だ。
だが三日ともたなかった。
学生以来、握っていなかったという剣を手にしたガトー。
初めはへっぴり腰で素人丸出しであったというのに、二日目にはすっかり様になり、三日目にはもう追い抜かれていた。
彼によれば聖剣が体の使い方を教えてくれるというが、とてもそれだけとは思えない。おそらくは伝承にあるように、英雄のチカラを持ち主に与えるというのが、本当であったのであろう。
結局、基礎の部分だけ教えたところで私はお役御免となった。
後を引き継いだ連中もまた似たような経緯を辿るのだが、何人かはこの経験を経て剣の道を諦めてしまう。
なにせ自分がこれまでの人生を賭して真摯に取り組んできたモノが、わずか数日にて素人にあっさりと抜かれるのだから堪らない。「さすがは聖剣、さすがは勇者」と割り切れない者ほど苦しむ。これまでの努力をすべて否定されたような気になって憤り、そして妬み嫉み憎しみ、嫉妬にかられ、最後には絶望して諦める。
十日にして王国最強の剣士をも負かしたとき、訓練場にてその様子を見学していたが、もはや自分が知る彼の動きとは別人となっていた。
勝敗が決した後、この事実を受け入れられない騎士の一人が声高に叫ぶ。
「全部、聖剣のおかげによるインチキだ。でなければこんなのはありえない」
それは事実であろう。だからとてガトーを責めるのは筋違いだ。彼は剣に選ばれたがゆえに、不本意ながらも懸命に頑張っているだけなのだから。理不尽な目に合っているのは何も騎士たちだけではない。当事者である彼こそが最も苛烈な理不尽の渦中に飲み込まれているのだ。
だというのに難癖をつけられているガトーは、どこまでも平身低頭な姿勢を崩さない。
どれだけチカラを得ようとも、決して己を見失わない彼が勇者に選ばれて、むしろ良かったとさえ私には思える。もしも今、声を荒げて騒いでいるような奴ならば、絶対に勘違いして増長していたであろうから。
難癖に等しい声に同調し騒ぐ周囲を鎮めたのは、勇者と対峙していた最強の剣士であった。
彼は訓練用の木剣を二本もってこさせると、一方をガトーに、もう一方を騒いでいた相手に手渡し、「そこまで言うんだったら、コレでちょっとやってみろ」と言い出す。
その行動の意味はすぐに知れた。
まるで相手にならなかったのだ。聖剣ではなく訓練用の木剣を手にした勇者に、斬りかかっていった騎士は成す術もなく倒されてしまう。その男とて豪語するだけあって、なかなかの腕前であったのにもかかわらずである。
聖剣のチカラのみではない。ガトー自身もまた急激に成長していたことを目の当たりにして、もはや無用な騒ぎを起こす者は誰もいなかった。
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