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05 王という生き物 Ⅱ
しおりを挟む側近のポルカより離間工作の進捗報告を受けて、ジェニング王が眉根に皺を寄せる。
貴族の女どもを煽って、水面下にて勇者の妻を貶める策自体は順調に推移していた。
これまで上流階級となんて縁がなかった女が、勇者の妻という立場ゆえにまるで接点のなかった人間との交友関係に苦しむこととなる。礼儀作法、言葉のやりとり一つとってもまるで違う空間へと放り込まれた妻は、増すばかりの心の負担に押しつぶされ、いい感じで追い詰められているという。だがそこに邪魔者が現れたと聞かされた。
「ルイ・ポーウェル……、たしか近衛の者の一人であったな。金の髪をした偉丈夫で見目が良いから、夜会にて女どもが騒いでおったのを憶えておる」
「はい、どうやら彼は勇者ガトーと学生時代からの親しい友人らしく、その縁でなにかと世話を焼いているようです」
勇者となり何かと苦労をしている友人を支える男。
自身への周囲の対応が変わってガトーが戸惑っていることは王も知っていた。だがあえて放っておいたのだ。身辺整理にはちょうどいい機会ぐらいにジェニング王は捉えていた。ゆえに普通であれば美談となる熱い友情話も、王にとっては無用な代物。
「その男、邪魔じゃな」
「いかがいたしましょうか? 何らかの理由をつけて王都より遠く離れた地に派遣することも可能ですが」
ポルカの提案を吟味しつつ、しばし考え込む王。
深く腰掛けた玉座の肘掛けにて、トントンと指で音を鳴らしていたが、それがピタリと止まる。
「そうさなぁ……、いや、よいことを思いついた。ルイ・ポーウェルを呼べ」
そう言った王の顔にはドス黒い笑みが張り付いていた。
夜更けに王より直々に呼び出された近衛騎士。
出向いてみると招き入れられたのは王の私室であった。
そのことで此度の呼び出しが尋常ではない理由にてのことと察して、彼も表情より緊張の色を隠せない。
「ルイ・ポーウェルよ。その方、勇者ガトーと懇意にしていると聞いておるが相違ないか?」
「はい。学生時代からの友人です」
「そうか……、そんなオヌシにぜひ頼みたいことがあるのだが」
「はっ! 王の命に従うは騎士の本懐にて、なんなりとご命令下さい」
いくぶん勿体ぶったジェニング王の物言いに毅然と答えるルイ・ポーウェル。
騎士としては模範解答であるが、それゆえに彼は己が首を絞めることとなる。王とてそれがわかっていてのワザとであった。
傅いてうつむいているせいでルイは、その時の主人の顔を見ることができなかった。その目にある邪悪な輝きを見ていたら、絶対に安易な言質を与えるような真似などしなかったはずなのに。
「ならば騎士ルイ・ポーウェルに命ずる。国家安寧のために勇者ガトーの妻シーラを篭絡せよ」
てっきり「勇者やその家族を支えよ」とか「じきに旅立つ友の一行に加わり尽力せよ」という命が下るものだとばかり思い込んでいたルイの目が点となったのも仕方があるまい。
なんにせよ友人の妻を口説けとは尋常ではない。それがどうなって国家安寧へと繋がるのかもわからない。彼が返事に窮するのも無理はなかろう。
混乱する騎士、それに乗じて王が畳みかけるように説明を続ける。
国にとっていかに勇者という存在が大きなものか、国家百年の計のために勇者と王家との結びつきをより強固にすることの意義を説き、そのための障害となるのがガトーの妻であると話し、「それとなく周囲より離縁を促すも頑なでな。こちらとしても後々に禍根を残すような手荒な真似をしたくはないのじゃ。ゆえに他に気持ちが向けば、おのずと離れるであろう」と言葉を結ぶ王。
シーラの身の安全のためにも、ことを穏便に済ましたいという王。だがそれよりも国のためという言葉に強く反応してしまったのは、騎士ゆえの性であろう。
国のために勇者を繋ぎ留めるために、姫君の誰かと婚儀を結ばせる。
切々と心の内にまで言い聞かせるかのような王の語りを聞き終えたとき、その判断は間違ってはいないと騎士は納得した。
友人の妻に手を出すという行為に抵抗がないわけじゃない。
だが自分は騎士だ。すべては国のため、引いては彼女の身の安全のためと思えば、私心を殺して行動することもやぶさかではない。
こうして騎士はついに王命に服することを誓った。
騎士が辞去した室内にて、不意にクククと笑い声を上げる王。
側近のポルカが怪訝そうな顔を向けると、ジェニング王は愉快そうに言った。
「これで勇者は無用な縁を一挙に二つも断てるな。学生時分からの付き合いなんぞ王族に属する身にとっては、後々の足枷にしかならぬからの。シーラとかいう女房が色に狂い身を引けばそれで良し。ズルズルと関係を続けて二人して地獄へ落ちるのならば、それもまた本望であろう。それはそれで活かす方法もあるしな。勇者を裏切った女として、せいぜい悪名を轟かせて民の憤怒を一身に浴びて貰おう。よいガス抜きになるわ。同情が集まり傷心している勇者にワシが救いの手を差し伸べれば、計画はなんら問題なく完遂するであろう」
たった二人の犠牲で国が保てるのならば安いものよと笑う王の言葉を、側近の男は黙って聞いているだけであった。そんな彼の双眸が妖しい輝きを放ったのを、王は知らない。
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