聖なる剣のルミエール

月芝

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04 王という生き物 Ⅰ

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 ハイランド王国第八十六代国王ジェニング・ハイランド。
 ワシは王族に生まれ、王族という生き物の本能のように王位を求めて、数多の兄弟らと血で血を争う熾烈な抗争の末に玉座を手にいれた。
 聖剣を有する王国は、大陸でも屈指の規模を誇る大国にて、その頂点に君臨するワシもまたそれに相応しい人物であろうと研鑽を重ね、国という怪物をなんとか御しようと踏ん張り続けること数十年。老齢へとさしかかり、そろそろ次代へと席を譲り渡すべきかと考え始めた頃に、聖剣が目覚めた。
 
 聖剣は世界に瘴気が蔓延すると目覚めて、勇者を選定し、最果ての地にて封印の儀を行い乱世を鎮めるという。
 近々の記録では、いまから五代前の王の時代に目覚めたと聞く。
 それが自分の治世で起こった。
 我が国には剣の恩恵があるのか、比較的災禍が少ない。
 国外ではジワジワと災いが広がっているという報告は受けていたが、どこか対岸の火事のような心持ちであった。それが突如として当事者に列する立場となることに、年甲斐もなくいささか興奮した。
 
 ワシの治世は表面上は問題ない。だが少し裏側を覗けば五人の娘たちは互いに競い合い、それぞれに母親らの実家がついて派閥をなして争っている。
 べつにそれはかまわない。
 他者を蹴落とし自分がのし上がる。かつての己もそうであったように、いわば王族の本能みたいなものだ。
 問題は肝心の娘たちの出来がいまいちなこと。
 五人揃って悪くはない、だがよくもない。それから後ろについている連中のチカラが強すぎる。あれでは玉座を得たとしても、ただの傀儡政権に成り下がってしまう。それでは駄目なのだ。
 流した血を、犯した罪を、怨嗟の声をも呑み込み、これらを受け入れて立ち続けなければ、王たる資格はない。与えられた玉座の上にて惰眠を貪るような輩なんぞ認めん。少なくともワシはそんな脆弱な者に自分のあとを譲るつもりは毛頭ないし、よしんばそんな者が玉座についたところで、国という化け物に逆に踏みつぶされ喰い破られるだけであろう。

 そんなところにきて聖剣と勇者が登場する。
 選ばれた者が王城の事務員と知って驚いた。
 選定直後に会ってみたが、中肉中背のやたらと恐縮している冴えない男を目の前にして、正直なところ「どうしてコイツが?」という気持ちが強まるだけであった。
 しかし経過報告を受け続けるうちに考えを改める。
 訓練を始めてわずか十日で王国一の剣の使い手を負かすほどに成長し、それからは労を惜しまず、求められるままに国内の各地へと赴いては、暴れているモンスターを退治して回る。
 目覚ましい活躍をみせ、勇者としての名声が高まるわりに増長することもなく、むしろより腰を低くし頭を垂れて恭順の意を示す。
 朴訥として善良、真面目にして誠実、なにより組織人としての在り方が徹底しているところが気に入った。王や上司には従うものという考えが染みついている。聖剣に選ばれたことをひけらかすことも、能力に溺れることもない。

 この男が欲しいと思った。

 単なる手駒としてではない。身内に取り込みたいと思った。
 五人の娘のうちの誰かと結ばせれば、王家に勇者の血が入る。
 不思議と聖剣を有する国でありながら、歴代の勇者が王族に縁づいた話がない。偶然なのか何者かの意図が働いているのかは知らぬが、ならばワシがその先駆けとなってやろう。
 能力が引き継がれるかどうかは不明だが、それは期待していない。歴代の勇者らのチカラが子に受け継がれたという話なんぞ、ついぞ耳にしたことがないからだ。
 ワシにとって必要なのは勇者の血脈という事実のみ。
 それこそが王家の地位を更に盤石となす礎となる。娘たちだけでは不足であった部分を補うには充分過ぎる要素となりうる。勇者に対する民の支持だけでも、娘らの周囲をうろつく連中への牽制になるであろう。
 
 さて、そうなると問題がひとつ出てくる。
 勇者には既に妻があるということ。
 使命を果たし無事に戻ったとして、妻を捨てて王家の姫に鞍替えするというのは世間体が悪い。民の目には堕ちた英雄と映るであろう。せっかくの高い支持率にも影を落とす。これは損だ。だから妻の方から離縁するように働きかけるとしよう。

「ポルカはおるか……」

 ジェニング王が声をかけると、足音もなく姿を現したのは側近の男。
 自らが見出し育てた部下にして懐刀である彼に、勇者をこちら側へと取り込むための障害となる妻に圧力をかけるように命じる。

「そのような回りくどい真似をせずとも、事故にでも見せかけて始末すればよろしいのでは?」
「それは駄目だ。わずかでも疑問の余地があれば、必ずそこを突かれることになる。あくまで自発的に身を引かせるように働きかけろ」
「わかりました。それではまずは貴族の夫人らに動いてもらうように手配します」
「うむ。ただしあまり追い詰め過ぎて、首なんぞくくらぬように気をつけよ」
「はい。念のために見張りをつけるように手配します」

 そう言うとポルカは、命令を果たすために主人の前を辞去した。
 再び一人きりとなった王が呟く。

「あとはどの娘に勇者を授けるかだな」



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