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03 旅路の果てに Ⅲ
しおりを挟む久しぶりに自分のベッドで目覚める。
気分は最悪だった。
体の疲れもたいしてとれちゃいない。
むしろ夢見のせいでかえって気疲れをしたぐらいだ。
夢の内容を思い出して、自分の中に乾いた笑いが沸き起こる。
ははは……、相談にのって慰めているうちに男女が深い仲になるだなんて、世間にありふれた話じゃないか。素地は初めから揃っていたんだ。
勇者業を言い訳にして妻の苦悩から目を逸らし、彼女をほったらかしにした自分が悪い。友人の親切に甘えてすべてを押しつけた自分が悪い。そんな己が二人を責めることなんてことが出来るはずもない。
なんだ、結局は自業自得じゃないか。
そうだな……、妻とは別れよう。
もっと早くに彼女を自由にしてあげるべきであったのだ。勇者の妻という役割を押し付けられて、ずっと苦しんでいたのを知っていたというのに。
この家や財産もすべてあげよう。せめてそれぐらいはしてあげないと申し訳がない。
ルイとの関係については何も言うまい。私は関与しない。
彼も妻帯者ではあるが、二人の関係を続けるにしろ清算するにしろ、それは彼らの問題であろう。正妻のセレナさんや子供のウィルモンドくん次第かもしれないが、彼は貴族だから、もしかしたら第二夫人とかに迎え入れてくれるかもしれない。
自分の考えをまとめた私は隣接する浴室にて旅の垢を落とすと、無精ひげを剃り、身なりを整えてから部屋を出る。
家の中の空気は寒々としており静まり返っていた。
リビングにはとっくに誰の姿もない。ルイの奴は帰ったのであろう。
妻はたぶん自室に籠っている。気配はあったので、とりあえず扉の前から中へと声をかけておく。
「城に行ってくる。今後のことは戻ってから話し合おう」
しばらく扉の前で返事を待っていたが、物音ひとつしないので諦めて私は家を出た。
王都は変わらず平和で賑やかだ。
高い壁に周囲を囲まれているので外界の喧騒とは無縁。都から七日も離れてしまえば、モンスターらが闊歩している荒野が広がっているというのに、ここはまるで別世界だな。聖剣の恩恵であろうが、絶えず命の危機に晒されている辺境とは大違いだ。
最果ての地にて封印の儀は成功した。
おかげで各地での瘴気の噴出はとまり、濃度も少しずつに薄まっていくだろう。
だからとてこれまでに影響を受けて凶悪化したモンスターらが、世界中からいなくなるわけじゃない。戦いはまだまだ続く。でもそれはもう勇者の仕事じゃない。みんなで力を合わせて少しずつ減らしていくしかないんだ。
大通りの人混みをすり抜けるようにして城へと向かう。
勇者としての研鑽を積んだせいか気配を消すことも、人をかわすことも容易い。もともと地味で平凡な外見をしているので、人の群れに埋没するのは得意だ。おかげで誰にも気づかれることはない。
王城の裏口にあたる通用門のひとつから中へと入る。
こちらの門番とは顔見知りで、わずらわしい手続きなしに通ることが可能。もちろん上にも許可を得てある。
そのまま特別な控えの間へと赴き、こちらでしばし待つ。
じきに小姓がやってきて、王が個人的な客人と面会を行う謁見室へと通された。
「よくぞ戻ったな。勇者ガトーよ」
王の労いの言葉に、私は片膝をついて頭を垂れる。
六十を超えてなお健在なジェニング・ハイランド王、あいからわず眼光が鋭い。覇気が全身から滲み出ている。数年ぶりの再会だが、ますます意気盛な様子であった。
私はかいつまんで使命を果たしたことと、旅の顛末などを報告する。
話の流れで、先に帰還の挨拶に訪れた旅の四人の供たちには、すでに封印の旅の褒美の確約を済ませてあると聞かされた。
神官は枢機卿への推挙、戦士は報奨金とギルド役員の席、騎士は軍団長への昇進、魔法使いは研究費の恒久的援助、とそれぞれの希望を述べたという。
王は私にも望みを訊ねてきた。
そこで私が願ったのは「故郷に帰りのんびりしたい」というもの。
私の故郷は王都より遥か東に離れた山脈の中に埋もれた辺境の開拓村、いや、元開拓村と言ったほうが適切であろうか。なにせもう廃村となって久しいのだから。
三代ほど前の王の方針により、広大な王国内の各地にて開拓が盛んに行われる。その際にあちこちから集められた人々で造られた村の一つが私の生まれ育った場所。
せいぜい百戸にも満たない小さな集落。
深い森と高い山に囲まれた場所で、冬は厳しく夏は短い、大地も固く痩せており作物も満足に育たない。獣やモンスターたちですらもあまり寄りつかないような土地柄、お世辞にも人が快適に過ごせるような環境ではない。
それでも先祖たちは頑張った。こつこつと固い地面を掘り起こし、何年にも渡って試行錯誤を続けて、ようやくなんとか自分たちが食べる分を確保できるようになるまでに五十年ほどもの歳月を費やす。まともに暮らせるようになったのは私が生まれる少し前ぐらいのこと。だがそれも天候不順による不作と流行り病によって、あっという間に駄目になってしまった。
村を維持できないほどに人が亡くなり、私も両親や親しい人たちをすべて失った。残った村の人たちは散り散りとなり、まだ若かった私は王都にて進学する道を選ぶ。
だから故郷に戻っても誰もいない。でもだからこそ私はそこに帰りたかった。
私は疲れている。
いまはただあらゆる雑事から離れて一人静かに過ごしたい。
そのようなことを説明するとジェニング王は頷き、「ならばその方をあの地域一帯の領主に任じよう。しばらくは向こうで好きに過ごすがよい」と仰ってくれた。
こうして私は領民が一人もいない辺境の僻地の領主となった。
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