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01 旅路の果てに Ⅰ
しおりを挟む瘴気が蔓延ると獣がモンスターと化し、人心も乱れ、世に暗雲が垂れ込める。
これを治めるために最果ての地へと赴き、封印の儀を執り行う者を勇者と呼ぶ。
王城務めの事務員だったのに、なんの因果か三十三歳の時に聖剣に選ばれて生活が一変した。そこからは懸命に国内外を駆けずり回り、ついには最果ての地へと旅立って、なんとか事態を治めるまでに五年ほどもかかった。
冒険譚は数えきれないほどある。
でもとにかく疲れたという感想が先にくる。
事実は物語のようにきれいじゃない。
行く先々では狂暴化したモンスターとの死闘の連続。
己が命を賭け金に泥と血と臓腑にまみれた修羅の道をひたすら歩く。
神経はささくれだち、肉体には慢性的な疲労と倦怠感が影のようにつきまとう。
夢の中でまで闘い続けるような毎日に、精神はガリガリと削れていった。
救えた命、救えなかった命、双肩へとのしかかる見えない重みが日ごとに増していく。
みんなが「勇者さま」と讃えてくれるが、それがいったい何の助けになるというのだろう。人々の声援や応援がチカラになる? ……ならないよ。それなら小石のひとつでも敵に向かって投げてくれたほうが、まだマシだ。
もちろんそんな本心をぶち撒けるほど自分は子供じゃない。
だから黙々と勇者という仕事をこなし続けたさ。
一通り国内の問題をかたづけたら、今度は勇者の使命を果たすために最果ての地と呼ばれる場所を目指し旅立つ。幾つもの国に立ち寄り、そこでも求められるままに諸問題を解決しつつ先を目指す。
遥か北にある不毛の大地。
その下には何かが封じられているといい、その存在が活性化することによって瘴気が世界に蔓延るという。
勇者は聖剣をもちいて儀式を執り行い、これを鎮めるのが使命。
これは聖剣を持つ者にしか出来ないこと。また彼の地へと近づくほどに瘴気が濃くなり、モンスターもより強大になっていく。
正直いって、最後の方はどうやって自分が生き残れたのかもよく思い出せない。
ただただ夢中で必死であった。
心身共に本当に疲れた。
たぶん医者に診てもらったら心神喪失と診断されるであろう。
勇者の凱旋帰国ともなれば、通常は国を挙げて華々しく行われるもの。
でも個人的に派手なのは好きじゃない。田舎者だし、もとがしがない事務員なんだ。性に合わない。だからこっそりと帰国した。とにかく早く自宅に戻って、自分のベッドでゆっくりとしたかった。
家にそれほど思い入れなんてなかったけれども、離れてみると無性に恋しい。これもある種の帰巣本能みたいなものであろうか。
王城への報告は道中を供にした連中に頼んである。ひと眠りしたら向かうので問題ないだろう。
久しぶりに見る我が家は、新築の頃に比べると幾分くすんでいた。
結婚当初に妻にせがまれて購入した一軒家。
大きくもなく小さくもなく、ありふれた造りだが、そこが良いと彼女は言った。実際に住んでみると使い勝手がよくて、自分もわりと気に入っている。
門を抜けた先にある前庭は少し荒れていた。
初めのうちは神経質なぐらいに手入れをしていた妻も、数年も立てば庭いじりに飽きてしまったのかもしれない。
五年ぶりに開けた自宅の玄関扉。
ギィという音を立てて開いた扉の向こうに待っていたのは、懐かしい顔たち。
妻のシーラと学生時代からの友人であるルイ・ポーウェル。
その二人がリビングのソファーにて、裸でからみ合っていた。
すべてを投げ打って世界のため、人々のためにと勤しんだ勇者業。
命懸けの旅路の果てに待っていたのは、妻の不貞と親友の裏切りであった。
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