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52 かなり遅れてきた設定
しおりを挟むゆさゆさと体を揺さぶられる。
「起きろ、起きろ」と声がする。
だが断る! 私は眠い。
それでも執拗な攻撃に、ついに切れた私の拳が空を裂き何かにめり込んだ。
その感触がなんとなく不快だったのでムクリと起き上がると、そこには二人の男性の姿がありました。ただし片方は床にうずくまって股間を抑えて何やら苦悶しております。もう一方は眼鏡の似合うシュツとしたスマートな男性。
ふむ、状況がよくわかりませんが、とりあえずこちらに挨拶をしておきましょう。
「おはようございます」
「おはようございます。エレナさま」
私の爽やかではない挨拶に眼鏡紳士がにこやかに答えてくれました。しかも「さま」付け、これにはいささか面食らってしまいました。
埃っぽい床でモゴモゴしている方は放置して、眼鏡紳士が話しを続けます。
「ずっとお会いしたいと思っていたのですよ。『小さき賢者』さま」
はて? 小さき賢者とはなんぞや。
彼の発した言葉の意味がわからず、とりあえずキョロキョロと自分の周囲を探しましたが、あいにくと私以外には他に誰もいません。もしかして自分のことかと指で示すと、眼鏡紳士がコクンと黙って頷いた。
「あのー、もしかして誰かと人違いをなさっているのでわ。私はしがない宿屋の小娘なんですが……」
やんわりと相手の勘違いを指摘してみたのですが、彼は間違いなく私だと言い張ります。なんでも世にハリガネなる品が出たときから、八方手を尽くして調べ続けた結果だから間違いないと自信たっぷり。確かにハリガネの開発には携わりましたが、作ったのはじっちゃんで、私は思い付きを口にしたに過ぎません。
「貴女はアレの価値をあまりにも過小評価し過ぎている。いいですか? アレから派生した有刺鉄線の登場で戦は大きな転換期を余儀なくされたのですよ。陣地構築は容易になり、馬による圧倒的な機動力は潰された。おかげで各国は軍略の練り直しに大わらわ。その影響でどれほどの紛争が中断へと追いやられ、結果として和平をもたらしたことか……」
マジか! そんな大事になっていようとは知らなかった。
ハリガネだってヌイグルミの中に入れてポージングを取らせたかったから、じっちゃんに制作をお願いしただけなのに。
驚いている私をよそに、眼鏡さんがなおも熱心に言葉を続けます。
「しかも莫大な利益をあげたのにも関わらず一切の権利を放棄して『自由にせよ』だなんて。その気になったら国の一つや二つ買えるぐらいの大金をですよ! ありえない……、それこそ聖人と謳われる連中でもきっと躊躇しますよ。それを平然となさっただけでなく、数々の発明にて国と民に富を分け与え続ける賢者。偉そうに教義を振りかざし、寄進をたかっては祈って愛を説くことしか能のない者どもより、よっぽどエレナさまのほうが聖女に相応しい功績をあげている」
なんだか語るほどに熱を帯びてきた眼鏡紳士。
恍惚とした表情にて瞳が弱冠逝ちゃってて怖い。
「だから私はずっと探していたのですよ。しかしこれがなかなか見つからない。各ギルドも口が堅く情報を頑なに秘匿するし、それで王子の外遊を隠れ蓑にしてここまで来たのですが、やはり見つからない。もうダメかと諦めかけたそんな時です。城内で貴女のお姿を目撃したのは」
眼鏡さんによると見慣れぬ台車にて城内の廊下を爆走している私を見かけて、なにやら天啓がピコンと働いたそうで、色々と調べてみて確信に至ったということでした。
まあ、私からじっちゃんに辿り着けば、おのずと答えは出ますよね。むしろこれまで辿り着けなかった調査能力にこそ疑問の余地が大ありです。
えっ? 私があんまりにもホイホイと権利関係を放棄するから、情報の出所が曖昧になったせいですって、そうですか、それは悪いことをしました。
もっとも正面きって訪ねられて「貴女は賢者ですか?」と問われれば、私はきっと「違います」と答えたでしょうけれども。だってそんな自覚いちミリもありませんし、さっき初めて言われたんですもの。
それと王子って言いましたか……、ということは床に転がったいる方が話題の第八くんだったのですね。逆玉狙いに失敗したら今度は誘拐に加担されるとは、なんとかにつける薬はないというのは、どうやら本当のことみたいです。
「エレナさまにはこのまま我々と一緒に本国へと来ていただきます。ですがご安心下さい。国外へと出るまでは何かとご不自由をかけてしまいますが、それ以外は丁重に国賓待遇にて扱わせていただきますので」と眼鏡紳士が慇懃に言いました。
国外ですか……、でもそれって凄く難しいと思います。
なにせ王都の周囲はぐるりと高く頑強な壁に囲まれておりますし、四方の大門には王家の信頼の厚い方が警備についておりますから。不正とか懐柔とかはまず無理、いかに外国の貴人であろうとも、ちょっとでも不審がられたら裏に連れていかれて身ぐるみ剥がすぐらいの徹底ぶりと聞きます。だとすると後は……。
「エレナさまの身柄は港湾地区より船にて外に出す手筈となっておりますので、しばらくの間は木箱の中で我慢して」
「あー、それはあまりお勧め出来ませんね」
丁寧に説明を続けてくれる彼の言葉を遮るように、私が言葉をかぶせました。だって予想通りだったんですもの。
「理由をお訊ねしても?」
「あそこって一見すると雑多で人と物が入り混じり、船が派手に行き来していますから、出入りが楽そうに見えるんですけれども、実はこれってわざとなんですよ。四つの大門は守りが厳重、だけどわざと一か所だけ隙を設けているのがあそこなんです。もちろん目的は国に仇なす者らを捕まえるために。あそこは巨大な落とし穴なんですよ。常に近衛の手の者らが内外に潜り込んで網を張っているんです」
私の説明を受けて眼鏡紳士が考え込んでしまいました。
もっともらしいことを喋りましたが半分は推測と出まかせなんです。あくまで時間稼ぎの一環、ですがどうやら彼はこれを真に受けてくれたようです。ふー、危ない危ない。さすがに沖合の船から陸に向かっての遠泳とかは、ちょっとしんどいですからね。
私の助言を受けて、部下を確認のために港区へと走らせた眼鏡さん。その頃になってようやく復活した第八王子がプリプリ怒りましたが、そんなものはツーンとして露骨に無視してやりました。そうしたら半べそをかいて行ってしまいました。
「いつもあんな調子なんですか?」と私が訊ねたら、「だいたいあんな感じです。あれでもいい所もあるのですよ。能力も平均ですし、もしも王族じゃなければ幸せになれたと思います」と眼鏡さんは同情混じりに言いました。
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