人生に脇役はいないと言うけれど。

51 かなり遅れてきたヒロイン

　
　こんばんわ、エレナです。
　実は現在地は不明です。
　何を隠そう、ただいま絶賛囚われ中の身の上にて。
　
　お泊り女子会が終わって皆をお見送りしてから、ちょろちょろと家の用事を手伝い、空が茜色に染まる頃にお城へと戻る道すがら、不意に伸びてきた逞しい腕に路地裏へと引きずり込まれて、大きな麻袋の中に放り込まれて、ひょいと担がれ拉致されました。そしてどこぞの建物の中の一室にポイっとされて久しいです。
　ガラクタが転がり埃っぽくて薄暗い室内、見上げた高い天井にある小さな天窓から入る月明りが、私をスポットライトのように照らします。
　部屋のどこぞからチーチーと鳴き声が……、ネズミでもいるのかもしれませんね。窓は他になくて、扉も固く閉ざされておりビクともしません。壁の造りもしっかりしているところからすると、わりにいいお屋敷なのかも。
　色々と室内を検分してみましたが、勇気と知恵でどうにかなりそうにありませんので、早々に自力脱出は諦めました。
　運が良ければ、私のねぐらとなっている地下牢に貯蔵されている酒類を取りにきたお姉さま方のうちの誰かが、不在を怪しんでくれるかもしれませんし、最悪でも明日の朝になれば出勤しない私を訝しんで、上司のラメダさんが動いてくれるでしょう。
　伊達に皆勤賞ではないのですよ。日頃の行いがいいので、きっと不審がってくれるはず。

　それにしてもわざわざ攫っておいて放置とは、これいかに？　とりあえず餌と水ぐらい与えるのが最低限のマナーでしょうに……、と憤慨していたらわりと身なりがキチンとした大柄の殿方が晩御飯を持ってきてくれました。
　隙を見て脱出とかはしません。だって三人組でしたし、一人が室内に入ってきた際には残り二人がガッチリと扉周りで目を光らさせておりましたから。

「手荒な真似をして悪かった。これでも食べて大人しくしていてくれ」

　それだけ言うと彼らは出て行ってしまいました。
　とりあえず害意はないみたいですので、安心した私は部屋の隅の暗闇にてチーチー鳴いている小動物に、差し入れられた具材の挟まったパンを千切って分け与えて様子を見ます……よし、睡眠薬や毒物は含まれていないと。
　どうやら大丈夫そうなので、それではイタダキマス。
　腹が満ちたところで今度は寝床の準備です。
　室内を見渡して、いくつかあった空の木箱を並べてベットにして、その上でゴロン。こちとら日頃から牢屋暮らしをしていますので、石のベッドが木箱のベッドに変ったぐらいでは、我が身に宿りし睡魔を追い出すことなど不可能。

　まどろみつつ考えます。
「そもそもどうして私が攫われたのか？」ということを。
　攫われた理由その一、繁盛している宿屋の可愛くない方の娘だから。
　うーん、たしかにウチは繁盛しております。ですが身代金目的だったら商家の方がずっと期待できますし、ここは栄えある王都、お金持ちなんて探せばいくらでもゴロゴロ、私を狙う理由としてはかなり弱いですよね。
　攫われた理由その二、王女や伯爵令嬢と間違えた！　
　うん、それは断じてありえない。あの存在感バリバリの銀髪と金髪の二人と私を間違えるだなんて、真っ暗闇で目が見えない状況下でも難しいと断言できる。だって匂いからして違うんですもの。
　攫われた理由その三、そんな二人に対する牽制目的。
　ちょっとあり得そうですが、これも弱いですねえ。いくら仲よくさせてもらっているとはいえ、こちとら一般庶民に過ぎません。いざとなったらバッサリ切り捨てられます。お二人の親御さんらに。
　攫われた理由その四、第五隊の面々との仲を邪推した令嬢の嫌がらせ。
　なんだろう、これが一番としっくりくる気がする。ありえそうなのが怖い。でもたぶん違いますね。攫っている時点で手間がかかり過ぎています。事態が大事になり過ぎて後の揉み消しがシャレになりません。最悪、お家のとり潰しとかもありえます。王家は虎視眈々と貴族どもの失脚の機会を狙っているのですよ。空いたところに自分の息のかかった駒を配置したいと、いつも目を光らせているのです。ゆえにあまりにもリスクが大き過ぎます。
　攫われた理由その五、実は通りで偶然に見かけたお金持ちのイケメン坊ちゃんが、一目惚れしちゃった。
　……ないな。これが一番ない。出る所が出まくりのうちのお姉ちゃんならばあり得る話ですが、私に限ってはまったくもって、これっぽっちも、ミジンコレベルにあり得ない。
　攫われた理由その六、逆恨み説。
　これまで商業ギルドを通して色々とお店や商売の立て直しを手伝ったことがあります。すべてがいい感じで仕上がりましたが、富が片方に傾くということは、明らかに目減りしている方もいるわけで。知らず知らずのうちにそちらから恨みを買った？　うーん、それなら商売敵の方に直接向かいそうなものなので、これも却下です。
　
　その後もいくつか仮定を思いついては、それを否定するという思考遊びに興じているうちに、ウトウトしてきたので、そのまま眠ることにしました。
　ここに運び込まれる際に収容されていた麻袋を寝袋代わりにして、おやすみなさい。



　チーチーという小動物の声で目が覚めました。
　室内が明るくなっているので、どうやら夜が明けたようです。
　それにしても麻袋内の安堵感が半端ない。狭い空間というのは時に人に温もりと安らぎをもたらす。そういえばこちらではまだ寝袋って商品化されていませんよね。今度、商業ギルドのマスターにあったら相談してみるとしましょう。ということで二度寝をします。おやすみなさい、ぐぅ。