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48 大会の後
しおりを挟む「やりましたー、エレナお姉さまー」
元気よく駆けてきたルディアちゃんが、そのままの勢いで私に抱きつきました。おふっ、主に胸周りの成長が著しい彼女の体当たりに、思わず声が出てしまいました。
喜色満面にて語るところでは、どうやら第八王子が撤退した模様。
「あいつの中にも流石に恥という概念が少しはあったみたい」とアシュリーちゃん。
大会の予選を貴賓席にて二人して仲良く観覧していたそうですが、しみじみと「アレは酷かった」と零す金髪ドリル令嬢。側に座っていた知り合いの令嬢やらご婦人方の数名が、あまりのショッキングな光景に昏倒なさったそうです。
二人の後からついて来た第三王女側仕えのターニャさんが、ゆっくりとこちらに近づいてきてその言葉を肯定する、だが……。
「確かに近年稀にみる無様さでした。でもちょっと奇妙でしたね」
「奇妙?」
私がターニャさんの物言いに首を傾げると、彼女はこんなことを言い出しました。「確かにあれは阿呆ですが、あそこまでではなかったハズです。色々と勘違いはしていますが腐っても王族です。一通りの教育は受けております。才には乏しいですが、人並程度の知能は備わっていたというのに、先日のアレは明らかにおかしい」と。
言われてみるとそんな気もしてきます。もしかして誰かにそそのかされた?
うちの王様……、ではないでしょうね。だって意味がありませんから。放っておいてもボコボコにされるのが早いか遅いかの違いしかありません。それに外部の人間の言うことをホイホイと鵜呑みには……弱冠しそうですが、普通に考えたら彼の側に獅子身中の虫が潜んでいると考えるほうが自然かと。
良くも悪くも彼もまた王族、いろいろとあるのかもしれません。居ても邪魔なだけだし、いっそ他国で不審死でもしてくれたほうが外交カードとして使えるとかだったら嫌だな。
「ええ、これは一度しっかりと調べさせたほうがいいのかもしれませんね」
ターニャさんはそう言うと、ルディアちゃんとアシュリーちゃんを置いて、どこぞへとフラっと行ってしまいました。それでいいのか? 側仕えのメイドさん。
武闘大会の前後は城内が騒然としており、みな何かと忙しかったのでこうして三人で顔を合わせるのも久しぶりです。
エルアの会としての報告で、ルディアちゃんの第三作目「罪の轍」が早くも第五版の重版へと突入し、それに引きずられる格好にて前二作の売れ行きも好調だと教えてあげると二人は大層喜んでくれました。その無垢な乙女たちの笑顔にて、祭りのせいですっかり荒み気味であった私の心も癒されるというもの。
なにかと大変だった大会ですが、王都に人が大勢集まったおかげで起こった好景気は裏本屋さんにもちゃっかり波及していたみたいで、エルアの会の本が売れに売れたそうで、地方の同業者からも卸して欲しいとの要望が多数寄せられているんだそうです。そちらの方はご店主にお任せしてあるので、近いうちに販路が拡大されることでしょう。
そのお祝いと武闘大会のお疲れさま会を催すことを提案すると、二人とも賛同なさってくれたので、近いうちにまた集まって相談することにして本日はお開きにしました。まだ後片付けで裏方はちょっとゴタゴタしているので。
大会を終えて四日後、城下の方はまだまだ賑わっているようですが、ようやく城内にも落ち着きが戻りつつあります。なお城外が賑わっている理由は「せっかく王都まで来たんだし、ちょっと見物していこう」と考える方が思いのほかに多いから。おかげでしばらくは好景気に沸くらしいです。
そんな世間の賑やかさに背を向けるかのような地下牢にて、私はクノイチさんと会っておりました。遅ればせながら決勝トーナメンと後夜祭の様子を聞くためにです。
「それじゃあ、まずはカイン副長のことから話すか」
ケーキを摘まみながら淡々とクノイチさんが語ったところによりますと……。
予選会場は独特の緊張感に包まれていた。
審判の開始の合図とともに周囲の連中が一斉にそちらを向いた。だがそのときにはすでに狼の姿はそこにはない。
強烈な一撃を受けて吹き飛ぶ参加者の一人。それに巻き込まれて数人が倒れ、態勢を崩され、たたらを踏む。一気に混乱する石舞台の上、そこを縦横無尽に駆ける黒い狼。あまりにも苛烈、あまりにも果断、まさしく狂暴を絵に書いたような闘いぶりだというのに、何故だか彼の姿から多くの観衆らが目を離せない。その戦う姿に惹きつけられ、まばたきをするのも忘れて魅入ってしまった。
気がついた時にはステージ上には黒髪の青年の姿と、膝をついて肩で息をしている男の二人しか動いている者がいなくなっていた。
なんら気負いもなく、迷いもなく振るわれる剣の凄まじさ。躊躇いがないから行動が止まらない。最短距離にて確実に獲物の喉笛を喰い破るかのごとき攻撃は、まさに餓狼の字名にたがわぬ闘いぶりであったとはクノイチさんのご感想。なお決勝トーナメントの一回戦と二回戦については特筆する点はないと彼女は言った。
準決勝にて剣聖と対峙する餓狼。
ここにきてカインは闘い方をガラリと変えた。これまでは鍛え上げた四肢を活かした動きにて敵を翻弄し圧倒していたのに、突きを主体とした小さな構えに終始する。剣の動きを線から点へと攻め手を変えることで、派手さは失せたが隙も格段に減った。これに足技を織り交ぜた攻撃を受けて、これまで一度も相手に触れさせることなく倒してきた剣聖が初めて防御の構えを取らされて、両手剣の剣身部分に強烈な前蹴りを受け、後方へとわずかながらも弾かれたことに周囲が騒然となる。
剣聖を退ける、それは並大抵のことではない。
この一事を持ってだけでもカインの名は更に高まることであろう。
しかし彼はそんな些事に興味がないらしく、目の前の相手にだけ集中している。その様子に「ほう」と感心した表情を見せた剣聖。年齢のせいか、すっかり灰色混じりになった髪をオールバックに整えた偉丈夫。老いてなお盛んな剣気は他を圧倒し、並みの相手ならば気を込めた視線を向けるだけで泡を吹いて倒れるほどの強者。
そんな自分に対してなんら憶することなく正面から全力で立ち向かってくる若者に、敬意を表したのか剣聖が最上段に剣を構えた。
がら空きの胴を晒されても、焦ることなくゆっくりと間合いを計る黒い狼。
少しずつにじりより、最高の一撃を見舞うための最適な位置を目指す。
剣聖は微動だにしない。重そうな剣を手にした腕が震えることもなく、彫像のごとく制止している。
二人の対峙する姿はまるで一枚の絵画のようであった。
いつまでも動かない二人にじれた観客が野次を飛ばそうとするも、その声が喉の奥から口をついて出てくることはなかった。いや、出せなかったのである。静と静の二人が放つ剣気がステージ上に留まらず会場中をも席巻していたから。この場に居合わせた誰もが、それを嫌が応にも本能で察して黙らざるおえなかった。
そんな世界の中であっても黒狼は落ち着いていた。客らがまばたきするごとに確かに獲物へとスリ足にて迫っている。そして不意に狼が激しく動き出す。
途端に世界は静止画から動画へと転じた。
足下へと溜め込んだ瞬発力を爆発させて、石畳を踏み抜くと同時にカインの姿が舞台上より消えたように見えた。だがそうではない。狼はただ相手の喉笛へと噛みつかんと剣の切っ先を全身全霊でもって突き出したのである。あえて隙だらけの胴は無視しての攻撃、おそらくは上段から振り下ろされる相手の剣の勢いを突進力にて封じる狙いもあったのであろう。
しかし餓狼の牙が届くことはなかった。
刹那に天地が一本の剣により繋がったように見えた。
轟音がなり石畳に大きな亀裂が刻まれる。それと前後してカインの手にあった愛用の黒い直剣は衝撃により砕け散り、右の肩口より真下へと走った剣聖の刃により、彼の身が裂け鮮血が飛び散った。だがそれでも狼は倒れない。
辛うじて意識を保った状態のカインが、天を仰ぎ呟く。
「やはり届かないのか、この想いもこの剣も……」と。
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