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38 座談会
しおりを挟むターニャさんが首尾よく隣国の第八王子を焚きつけるのに成功したとの連絡が届きました。しかも「活躍したら惚れ直すかも」という偽情報が、何故だか第八くんの中では「優勝したら結婚」というものに脳内改竄されたとのこと。
この話を聞いて私はなんだか彼が怖くなってきました。
第五隊の面々の動向は水面下にて静かに、でも着実に城内の耳聡い人たちの間で広まっていきました。私じゃありませんよ。たぶんクノイチさんからメイドのお姉さま方に情報が漏れたのでしょう。あの人、食べ物でわりと簡単に転ぶので。
そして本日は休憩室にてメイドのお姉さま方が集まっての座談会が催されております。お題は第五隊の恋の行方について。皆様、自分の想いには蓋をして、とりあえず目先のイベントを愉しむことに決めたようです。またその結果いかんによって今後の動向を考えるとのこと。私のように傍観者に徹するのか、思い切って踏み込むのか、このぶんだと大会後の城内も荒れそうですね。
「私はもうクラウセン隊長は諦めた。魔女はすでに自陣深くにまで獲物を誘い込んでいる。こうなると時間の問題だろう。むしろそこまで踏み込んで手を出さなかったら、それはそれでどのみち脈ナシだからな」
お姉さまのこの発言を皮切りにして座談会が始まりました。随所で言葉が飛び交い賑やかな議論が白熱する。しかし意外にもみなさん潔い。みすみす結婚したい男ランキング上位を未亡人にくれてあげるだなんて。
「別にこっちだって黙って指をくわえて見ていたわけじゃない。むしろ手が出せなかったんだよ。そもそもの話、このお見合い話は最初からおかしかったんだ」
別の方が悔しそうにやや声を荒げました。
お見合いの話を持ってきたのはクラウセンさんの上司にあたるオービタル騎士団長さま、なにせその現場には私も居合わせたので間違いありません。その話を求められるままに散々に吹聴しましたし。だからてっきり恐妻家と囁かれている団長さまの奥方経由にて持ち込まれた話だと、メイドの皆さんも睨んだそうです。ですが奥様の周辺を調べてみるとどうにも違うらしい。それどころか実際はもっと上から降りてきたというのです。
さて、ここで問題となるのは騎士団長さまのご身分、彼は将軍に列席する位です。ぶっちゃけると武官の最上位、その上ってあとはもう王様とか王妃様ぐらいしかいないんですよね。
この時点でメイドのお姉さま方はお手上げです。戦略的撤退を余儀なくされました。だって下手にちょっかいを出すと、きっと第七隊の誰かが飛んできますから。
またそうなると新たな問題も浮上します。そんなやんごとなき身分の方が、たとえ優秀とはいえ一部隊の隊長と未亡人のお見合いを、どうしてわざわざ取り計らうのかということ。
人材の確保? 本気で囲い込みたいのでしたら、それこそルディアちゃんの婿にでもとればいい。もっともあのディアス王妃がそんな無粋な真似を許すとは思いませんが……、ならば王が確保したいのは誰? ということになります。
お見合いに参加したのはクラウセン隊長と未亡人ダリアさんのお二人。
片方が違うのならばもう片方が原因ということになります。そういえば死別した旦那さまも国の重要地を守る偉い人だったんですよね。いくら能力重視で自由恋愛を広く認めている国とはいえ、そんな方のお相手を、「愛しあっているから」という理由だけで簡単に許しちゃうものでしょうかねえ。ひょっとしたらダリアさんには、許されるだけの何かがあるのではないでしょうか。
「魔女ダリア……、実は本当に魔法使いだった! とかいうオチだったりして」
ポツリとそんなことを私が呟くと、休憩室内が途端にしんと静まりかえりました。
魔法って生まれ持った才能のある、ごく一部の人間にしか使えません。よって魔法の才能が発覚するのと同時にあらゆる記録が抹消されて、すぐさま王家に召し上げられちゃいます。おかげで一般人はおろか大多数の人たちが生涯、魔法というものを目にすることなく亡くなっていきます。もちろん私も見たことがありません。
王城内に勤めはじめてそれなりに経ちますが、王妃さまとは直に会っているのに、いまだに魔法使いの方とは接触したことがありませんし、どこのどなたなのかも存じません。話題にも上らないことから察するに、意図的に情報が隠蔽されていると考えるのが妥当でしょう。
王家が全力で庇護しているんですから、国にとってもそれだけ貴重な存在とも言えますね。そりゃあ、そんな方からお願いされたら、王様もそれなりに手助けもしますか。
「こほん……、クラウセン隊長の件はこれまでとする。いまの話も口外厳禁。いいね!」
なんと、お喋り雀たちがみなコクンと頷いて一斉に口をつぐみましたよ。どうやら魔法使いに関する案件は本当に禁忌なようです。
みなさまスパッと気分を入れ替えて次の話題に移ります。
お次はカイン副長について、やはりこれが一番の注目株だったのですが……。
「とっても残念なお報せだ。大会運営本部にいる知り合いからの情報で、あの剣聖と流星の二人が揃って今回の武闘大会に参加することが正式に決定したそうだ。よって残念ながらカイン副長が優勝して華々しく檀上より告白する道は完全に断たれた」
休憩室内はブーイングの嵐です。
一番の見せ場を奪われたんですから、お姉さま方の恨み節はごもっとも。
ですが私はこれにも違和感を覚えました。だって放浪癖のある気まぐれな猫のような剣聖さんはともかくとして、伝説級の女冒険者である流星さんがこのタイミングで復帰して、偶然にも我が国で開催される武闘大会に参加する。
これってものすごーく作為を感じるんですが……。そんな凄い人を招聘できるのって、これまた王様クラスじゃないと無理ですよね? もしかしてクラウセン隊長の身辺を整理するために、わざと呼んだとかだったら王様怖すぎです。
うっかりカイン副長が大会で優勝、勢いのままにクラウセンさんに檀上から愛の告白、その場の雰囲気に流されてうっかり了承、とかの流れになったら未亡人大ショック。魔法が大暴走で王都がえらいことに! なんて万が一にもそんな面倒な事態にならないように芽を確実に摘む腹積もりなんじゃあなかろうか。
「とかだったら怖いですよね、あはははは」と私。弱冠、笑いが乾いてしまうのを抑えようがない。そんな適当な思い付きにて、またもや座談会の会場がしんと静まりかえってしまいました。
重い沈黙の中で、どなたかがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきました。
「げふん、げふん……、えー、カイン副長の話もこれまでとする。もちろん口外厳禁、いいね!」
お姉さまのお一人が強引に話を打ち切ってしまいました。でもこの場合は正しい処理だと思います。みなさまへこたれずにスパスパッと気分を入れ替えて、次の話題に移ります。
お次はアデル副長についてです。
こちらは盛り上がりました。だって彼は若くして天才の名を欲しいままにするほどの剣豪。私も訓練場にて彼とカインさんの摸擬戦を拝見しましたが、それはもう見事な剣さばき、勝算は十二分にあるでしょう。でも……。
「対決前に剣聖さんや流星さんと当たらなければいいんですけど」
当然の懸念を示したというのに、会場がお通夜のようになってしまいました。
どうやらみなさまそんなことには、とっくに気がついていたようです。ですがあえて触れないようにしていたみたい、これは悪い事をしてしまいました。
そしてここから座談会は、やや切れ気味なお姉さま方による不穏な企みの場になっていきます。
「いっそ剣聖に薬でも盛るか」「ハニートラップを仕掛けてからの方が確実では」「だが相手は名のある御仁、さすがにその手の罠なんて散々経験済みだろう」「だったら大会側を抱き込んで組み合わせを操作するとか」「おお! そっちなら簡単そうだ」「しかし公民一体で賭けが開かれているから厳格という話だぞ」「せめて剣聖と流星を予選で同じブロックに放り込めたら潰し合うのに」「ダメダメ、あいつら予選免除だって」「おのれ普段は寄り付きもしないくせに」「くたばれ剣聖、あと流星太れ」「流星って見事なクビレなんだよね」「嫌味かってぐらいな」「試合中に邪魔をするとか」「危ないところで鏡でピカっと、こう」「あー、無駄無駄。なんか目隠しでも平気らしいし」
いろいろとエグイ手を考えるメイドのお姉さま方、ですがそれらをモノともしないぐらいに剣聖さんと流星さんはお強いらしい。あと賭けがあるんですね。とりあえず私はこれまでに知った情報から、総合的に判断して剣聖さんに賭けておくとしましょう。倍率は限りなく低いようですが、きっと当日は食堂の仕事が忙しくて見物できそうもないので、せめてちょっぴりぐらいはお祭り気分を味わいたい。
ところでお姉さま方、レストさんについては……、えっ? あんなのどうでいい、どうせ振られて、酒場のママに慰められるに決まってるですか、そうですか。
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完結しました。ありがとうございました。
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