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31 白木の棒
しおりを挟むたまのお休みの日に、手下げ籠を持って城の敷地内にあるフォークロアの泉を訪れ、静かに釣り糸を垂れながらオヤツを貪っていると、不意に話しかけられました。
しかし声はすれども姿は見えず。
しばらくキョロキョロと探しましたが見つかりません。気のせいかと思って、また水面の浮きに意識を集中しようとしたら、やはり声をかけられました。
「どこのどなた?」と訊ねたら泉の側に生えていた大樹がニョキニョキと変化して、幹に顔が浮かびあがりました。
ここにきてまさかのファンタジー要素の出現に、私のテンションはウナギのぼりに。
「あれ? ワシが怖くないのか……、たいていの娘さんは悲鳴をあげて驚くんじゃが」
小躍りせんばかりの私の態度にかえって相手のほうが怪訝な顔を見せました。
「すみません。ちょっとはしゃいでしまいました」
「そうか、なんだかよくわからんが、まあいい。それよりもワシはドリアード、木の精霊じゃ」
なんでもこのドリアードさん、この城が建造された当初からここに居座っているんだとか。しかも動物ともお話しできるんだそうです。おかげで王家の内情やドロドロな裏話にも精通しているんですって。
何気に高性能なお方が風の噂で耳にしたアレを、ぜひとも味わってみたいとの仰せ。
うーん、まだ残ってたかしらんと籠の中をごそごそ漁ると、ちょうど一個だけ残っていました。よかった、これで在庫がすべてはけた。
そんな本心はしれっと隠し恭しく差し出すと、ドリアードさんは蔓と枝を使って器用に佃煮タルトを掴んでは、自身のお口へと運んでむしゃむしゃ。
「これはなかなか」とのご感想。
気に入ったのかお礼に白木の棒を一本くれました。
「なんですか? これ」
手の中にある小さな棒をしげしげと眺めてみます。
マッサージでツボを押すのに便利そう。ちょっと足の裏をグリグリしてみましょうか。
「これはワシの枝を加工したものじゃ。これがあれば何かあったときには、近くの植物どもがオヌシを助けてくれるぞ。見た目は地味じゃが凄いんじゃ。だから大切にするように」
なんだか思ったよりもずっとえぐい品でした。とりあえず持っているのが周囲にバレたら、面倒になりそうなのでスカートの隠しポケットの中に放り込んでおきます。
しばし歓談に興じて、もう時効だろうと思われる過去の王家の暴露話をいくつか披露されました。残念なことに半分くらいはまだまだ有効そうです。だからそれらの話はずっと控えめな胸の奥に秘めて、私は生きて行こうと固く誓いました。
このような思わぬ出会いがあった数日後のこと。
私は商業ギルドのマスターから呼び出されました。いつもの相談事です。
で、今度は孤児院についてでした。
王都は人口が多いです。それに比例するように孤児の数も増えますので、施設も増えます。その分だけ予算もかかるので、結果として分配される金額は薄くなってしまい、どこもカツカツの運営を強いられるという悪循環に突入しているのが現状です。
相談に訪れた孤児院の院長さんも同様で、この事態を憂いてのこと。そこで私が提案したのは地域の孤児院主催によるバザーの開催です。
子供たちによる子供たちのためのお祭りをさせて、ついでに金も稼ごうという魂胆。出店としてはポップコーンにポン菓子、たい焼きあたりが妥当でしょうか。
道具は以前にじっちゃんと一緒に作ったのがありますから、それを貸し出します。あとは端切れを使った、手乗りサイズのヌイグルミや刺繍入りのハンカチとかを手作りして販売、それらの収益を院で活用すればいいでしょう。
お金をポンと与えるのは簡単です。でもそれだと消費するだけで終わってしまう。それよりも彼らでも出来る商売の種を提供して、自分たちで稼げるようにしてあげたほうが、きっと将来に繋がるはずです。それに他人の善意をあてにし過ぎると後が怖いですから。
これは前世の愚痴になりますが、不意に梯子を外されたときの恐怖たるや、想像を絶しますよ。
なまじっか信頼を寄せていたら反動がもの凄いんです。だから善意もまた有限であるということを、よくよく理解しておくことを進言しておきます。
端切れなどは業者や近所で持ち寄って、針仕事も主婦のみなさんに指導をお願いして、場所や材料の手配とかはギルドマスターにお任せして、私の仕事はお終いです。
言ったでしょう、あくまで子供たち主導で行うことに意味があるんですから。だからある程度の道筋はつけてあげますが、そこから先は彼らの仕事です。大切なのはその気になったら「自分たちでも何かが出来る」ということを教えてあげることだと私は考えます。
後日、商業ギルドを経由して私のところに孤児院のみんなからお礼の手紙が届きました。どうやらバザーは無事に成功したようです。それから今後は定期的に開催するとともに、週末なんかには広場や公園に屋台を出して、その売り上げを院の運営にあてるとのこと。
どうか頑張って逞しく生きて下さい。
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