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24 両雄激突

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 黒髪の青年が自分へと振り下ろされた木剣を、刀身にて容易く受け流した直後に相手の腹を蹴った。
 カイン副長の攻撃を受けて吹き飛ばされる隊員。派手に転んだあとにそのまま気を失ってしまった。それを他の隊員たちが担いで救護室に運んでいく間にも、稽古が中断されることはない。

「オラ、つぎ!」
「はいっ」

 副長の声に反応して別の隊員が彼へと斬りかかる。三度ほど木剣同士が激しくぶつかり合った後に、鳩尾に一撃を貰って隊員はその場に崩れ落ちた。すぐさま新たな隊員が剣を手に立ち上がる。
 このようにして立て続けに二十人もの隊員たちと剣を交えては、ことごとく打ち倒していくカイン。表面上はいつもと変わらない。彼の稽古は苛烈かつ実践を想定しているので、相手をしている隊員らにとっても、これが日常茶飯事のこと。
 だがここのところ餓狼の剣は、その乱れた心情を表すかのように荒れていた。それは見る者が見ればひと目でわかるほどに。

「今度は僕が相手をしてやるよ」

 二十一人目に名乗りをあげたのはアデル副長だった。
 カインとアデルが稽古で対峙する姿はめったに訓練場ではみられない。
 かつては道場にて競い合っていた二人も、今では各々に立場があり部下を率いて指導する立場だからだ。それがやり合うというのだから、途端に訓練場内が色めきだつ。屈指の好カードを見学しようとわらわらと隊員たちが周囲に集まってきた。なかには他の隊の面々も多数混じっている。
 実は近衛隊の中では前々からずっと議論されていたのだ。
 果たして二人のうち、どっちが強いのか? ということを。
 餓狼の異名を持つカイン、若くして天才の名を欲しいままにするアデル、片や実戦で鍛え上げた剣、片や才能にて洗練された剣、まるで対極に位置するかのような二人の対決。これに興奮しないようでは、とても剣に生き忠義に死す騎士とは言えないだろう。
 そしてこの状況を訓練場の観覧席から見ている小娘が一人。

 ああ、私ことエレナです。ちょっと配達帰りにネタを仕入れるために覗いてみたら、何やら面白そうなことになっていたので、のんびり見学させてもらうことにしました。そういえば私もあの二人が剣を交えている姿は、まだ拝んだことがありませんでした。稽古の様子などは何度か拝見したことがあるので、お二人が強いのだけはわかります。
 漏れ聞こえてくる話からして、今回はアデルくんからちょっかいをかけたようですね。たぶん隊長さんのお見合い話で、ヒヨっているカインさんの態度に苛立ったのでしょう。
「もっとしっかりしやがれ!」と素直に言えない、彼の精一杯の意思表示。
 彼の目からすれば想い人がうじうじして、太刀筋が乱れているのがどうにも我慢ならない、といったところでしょうね。
 そうこうしているうちに二人の闘いが始まりました。

 自身の上背を活かして上段に剣を構えるカイン。
 対するアデルは自然体のままで、だらりと剣を手にした腕を下げている。
 気合一閃にて飛び込む餓狼、その剣が目の前の相手を完璧に捉えたかに思えたが、斬ったのは残像であった。瞬時に後方へと地を滑るかのように移動して、斬撃を躱していた金髪碧眼の美少年。しかし躱しただけで反撃へと転じることはなかった、いや、出来なかったのだ。
 カインの手により全力で振り下ろされたはずの剣が、気がつけばまた最上段へと構えられていたから。通常、思い切り剣を振った直後には筋肉が硬直し少なからず隙が生じる。だが彼の場合はソレがなかったのみならず、体が勢いで流されることも、軸が狂うこともなく、一連の動作のように元の位置へと戻っていた。それを為すだけのしなやかで強靭な肢体があるからこその可能な動き。
 再び同じように対峙する二人。またもやカインが先に仕掛ける。
 一見するとまったく同じような攻撃、しかし振り下ろされる剣の切っ先が途中でグンと一段延びた。両手で握っていた剣を片手にして、その分だけ間合いを広げたのだ。口で言うほど容易いことではない。すでに動作に入っている途中で、更に動きを変えるというのは。
 しかしアデルはこれをも躱して見せた。変化した間合いに動揺することなく、その碧眼でもって冷徹に切っ先の流れを見極めて、半歩ほど避ける動作を増やすことでカインの剣の間合いの外へと離脱する。だがそこでカインの剣がもう一段階変化した。
 ちょうど腰より下あたりにまで振り下ろされた切っ先が、途端に跳ね上がった。驚くべきことに彼は手首の膂力だけで、これを成してしまった。
 ほとんど死角の位置から突き上がってくる剣。
 これを辛うじて弾くアデルの剣。
 そしてここにきてアデルが動く。ちょうどカインの腕と剣が伸び切ったタイミングにて、この上面を滑るかのように剣の腹を走らせ、相手の首筋へと刃が向かう。
 迅雷のごとき一撃、これで決まるか! と思われたのだが、カインはその場を一歩も動くことなく腰を深く落として、コレを躱して見せた。彼の頭上すれすれを通り抜けていく鋭い一閃に、黒髪がわずかばかり刈られて宙を舞う。
 
 ほんの一瞬での出来事、目まぐるしい攻防に観衆たちが息をするのも忘れるほどに魅入られ興奮を隠せない。もちろん私もだ。
 だがこれってちょっとマズいのでは? だってお二人ともに、とってもお強い。この分ではどちらが勝っても大ごとになりそうな気がする。いかに木剣だろうとも、あんな攻撃が通ったら骨の一本ぐらい軽くぺっきり逝くのではなかろうか? そんな私の心配をよそにカインとアデルの対決は苛烈さを増していく。
 
 大振りな攻撃から突きを主体にした戦闘スタイルへと変じたカイン。そこに足技までをも加わって、さながら荒れ狂う暴風のよう。普通ならば巻き込まれたが最後、ズタボロにされて放り出されることであろう。だというのにアデルくんは、乱れ飛んでくる攻撃の中から的確に間隙をぬってはやり返す。まるで嵐の中で優雅に踊る天使のような彼の姿に思わず息を呑む者多数。二人の雄がぶつかり剣戟が止まることがない。互いの切っ先が紙一重のところをヒュンヒュンと飛び交い続ける。
 
 見ているこっちのほうが心労でどうにかなりそう。
 が、終焉は不意に訪れた。ピキという音とともに一気にヒビ割れが走り砕けてしまう木剣。二人の剣が同時に砕けたのだ。あまりの激しさについに限界に達したのである。
 それを見届けたかのようなタイミングで「それまで!」と声をかけたのはクラウセン隊長だった。いつの間にやら彼も心配してこの場に駆けつけていたようだ。
 お互いに礼をして稽古を終えるカインとアデル。

 カインさんがアデルくんに近づいて何事か口にしたようですが、あいにくと私の位置からはそれは聞こえませんでした。ただアデルくんがどこか満足したような表情をしていたので、きっと悪いことではなかったのでしょう。
 いいものも見れたし、そろそろ仕事に戻ろうとしたところで私は壁にもたれて、じっと訓練場の方に熱い視線を向けている方の姿を目撃しました。名前は存じませんが確か第五隊のメンバーのうちのお一人だったと思います。
 そんな彼がもの憂げな表情にて、ぽつりとこのようなことを呟いたのを、偶然にも私の耳が拾いました。

「二人とも不器用だな……、もっともそれは自分も同じか」

 なんとも意味深な発言。
 これはもうひと波乱来るかも? なのです。

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