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13 幻影の君
しおりを挟む騎士団長さまが昼下がりの食堂にて投下された「お見合い爆弾」の影響は、関係各所に大きな波紋を呼びました。
まず私がメイドさんらに捕獲される頻度が、異常なぐらいに跳ね上がりました。おかげでうっかり城内の廊下も歩けない状況です。
しかしクラウセン隊長がどこの誰とお見合いをなされるのだとか、いつ行われるのかという詳細はまだ不明。ですので私に語れることは、せいぜいがあの時の場面を切々と語ることぐらい。
あんまりにも多くのお姉さま方に同じ話を繰り返したせいか、いまでは小芝居を交えつつ、スラスラと噛まずに完走できるほどになりました。
その漫談ぶりが評価されたのか、ときおり貴族のご令嬢のお茶会の席に呼ばれては、芸を披露するはめに。これまた好評につき、「ぜひ続きを愉しみに待っているわ」とおひねりを握らされること度々。なお貰ったおひねりは厨房の皆にて積み立てている、忘年会用の貯金箱にコツコツと放り込んでいます。
「どうやら今年は豪華になりそうだ」と同僚らもホクホク。ラメダさんなんて「宿を貸し切って騒ぐか」と言い出す始末。その時は是非、私の実家をお願いしますね。
さて、外野に過ぎない私がこれですから、当事者たちの心中たるや、想像を絶するわけで……、とくにカイン副長の動揺ぶりが酷いです。
訓練中もすっかり気がそぞろなせいか、手加減を間違えて相手がズタボロです。おかげで隊員たちに怪我人が続出、任務でも犠牲者が続出、もっともこちらは犯人なので別に構いませんが。
あと、私、リアルで煙草を逆に咥えている人って、前世から今世を通じて初めて見ました。
でも苦悩する男性というのもまた絵になりますねぇ。
業務の合間に城内の中庭のベンチに腰かけて、ひとりぼんやりと黄昏るカイン副長さま。特に普段はキリリとしている男前の方がそうなっちゃうと、見ているだけのこっちまで切なくなってしまうほど。まるで雨に濡れそぼる子犬のよう。オレ様系が弱っていると、つい抱きしめたくなる気持ちが、いまならよくわかる。
こう、胸の辺りがキュンキュンするとメイドさんらにも好評です。
だからといって仕事を抜け出しては、かわりばんこに覗き見にくるのは、さすがにやり過ぎだと思うのですが……。
なんにしても意中の方が上司の命令にてお見合いをする。
これってほとんど本決まりなのでは? 切ないですねぇ、やるせないですねぇ、どうする副長、どうなるこの恋! 思い切って動くのか? それとも黙って見送るのか? このまま秘めた想いに蓋をするのか?
そんなカインさんの様子を苦し気に、木陰からじっと見つめているアデル副長。
どうやら好きな相手が自分以外の人のことで、苦しんでいるのにイライラしているご様子。
こちらのお気持ちもよくわかりますねぇ。
自分にはちっとも振り向いてくれない相手に、そんな態度で目の前をフラフラされたら、なんともやるせませんよ。改めて思慕の強さを見せつけられたみたいで、困っちゃいますね。しかも意中の方が慕うのが、ご自身の尊敬されている御仁なんですから。なんでも彼にとっては単なる上司というだけではなくて、道場にて師匠筋にあたる兄弟子でもあり、なおかつ幼い頃から姉ともどもお世話になった大恩人。
なんとも難儀な恋をしてしまったアデルくん。大海原にて彷徨う小舟のごとき金髪碧眼の美少年の心よ、どこへ向かい、いかなる岸辺に辿り着くのか?
そしてお見合いの当事者となるクラウセン隊長ですが、こちらはわりと平常運転、さすがに私事にて公務を滞らせるようなことはありません。どっしりと構えてなんとも大人な対応に終始しております。
「やっぱり大人は違いますね。さすがです」そう私が感心していると、実はそうでもないらしいとの情報を隊員Aさんよりご提供いただきました。
ここにきて第三の女の影が見え隠れしてきたのです。
どうやらとっても大人に見える隊長殿、実は初恋こじらせ系だった模様。
なんでも昔からお世話になっていた道場主の綺麗な奥方に、内心でドッキドキだったそうです。そりゃあ思春期の多感な時期に、すぐそばに色香漂う素敵な年上の女性がいたら、男の子ならば誰だって気になっちゃいますよね。憧れとも恋ともとれるので判断に迷うところですが、どうにもその方への未練が、当人の中にてずっと燻っているらしく……。
もちろんクラウセンさんは良識のある方なので、人妻である相手を困らせるような真似は一切しておりません。あくまで想うだけです。
ですが殿方というのは、ずっと初恋の幻影を追いかける哀れな生き物とも聞きます。また想い出というのはとかく都合よく美化されがち、それに加えて騎士に群がる女どもとの対比が、よりいっそう脳内美化運動に拍車をかけたようで、クラウセンさんは異性に対する願望が、若干お高めに設定されているようです。
この分だとお見合い相手の方も、そうとう苦戦しそうですね。
なにせライバルは幻影の向こうの君なのですから。生半可のことではこれは倒せませんよ。まだ生身で立ち塞がる姑や小姑の方がずっとマシです。こっちならば最悪、ぽかりと物理的手段にて黙らせることも可能ですから。
そんなことを考えつつ、副長達を尻目に私は今日も城内を駆け回っております。
お見合い特需につき、食堂への配達の依頼がここのところ増えているのです。事務方からもお弁当の大量注文が……、おかげさまで馴染みの鍛冶師のじっちゃんに頼んで造ってもらった折り畳み台車が大活躍。
補助稼働の謎動力が内臓なので楽ちんです。何気に前世の品よりも高性能。でも仕組みは知りませんし、知る必要もありません。だって車を運転するのに、自動車の仕組みに精通している必要なんてないでしょう? アレと同じですよ。
私はあくまで消費する側なのです。よって気軽に便利な道具を使い潰します。
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