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08 真実への扉
しおりを挟む出前の帰りにて廊下にて不審者を発見しました。
メイド姿の二人組なのですが、その格好があまりにも似合っていない。
なにせ一人は銀の長い髪がサラサラで、そこにいるだけで場が華やかになるほどの雰囲気の持ち主。見慣れた殺風景な廊下の壁を彼女越しに見ると、まるで少女漫画の背景のように薔薇が咲き誇っているんですもの。
そしてもう一人もまた個性が自己主張しまくっています。金の髪の縦ロールが一本だけ、垂れ下がっております。こちらもまた所作諸々が綺麗すぎる。キョロキョロしている姿すらもが洗練されて美しい。
明らかに毛色の違う二人。
そんな美少女たちが似合わないメイド服に身を包んで、騎士団らの縄張りをうろちょろ。
ははーんと私はピンときました。
きっとやんごとなき御家柄のお嬢様方が、憧れの騎士の姿を間近に覗き見ようと、わざわざ変装をしてまで潜入してきたのだと。
騎士たちが出入りしている執務室付近の廊下にたむろしたり、通用門あたりに出待ちする方は多いのですが、潜入しようというケースは初めてです。その根性に免じて見て見ぬフリをしてあげるのが世の情け、と考えた私は何も気づいていない呈を装い、素通りしようとしました。
だというのに、がっしと金髪ドリルに腕を掴まれてしまいました。
「もし、すみませんが訓練場にはどういけばよろしいのかしら」
なんでも道に迷ったとのこと。
男の園に二人きりでやってきた勇気に免じて、私は彼女たちを案内してあげることにしました。
「お忙しいのに、申し訳ありません」
頭を下げた礼儀正しい銀髪さんは、ルディアちゃんといって、なんと第三王女さまなんですって! ついあっさりと自分から正体をバラしてしまい、アワアワと慌てる姿は可愛らしいのですが、かなり天然さんっぽいです。
そんな彼女に向かって「だから無理があるっていったのに……」と呆れ顔にて小言を零している金髪ドリルさんが、アシュリーちゃん。こちらは伯爵家のご令嬢で姫様と仲の良い友人とのこと。ついでだからと正体を明かされました。
いきなりの貴人との接近遭遇につき、私が全力でへりくだろうとすると、二人に必死に止められました。平伏し、神を崇めるがごとく、冷たい床に額を擦りつけて、それこそ靴の裏でも舐めんばかりに、どこまでも卑屈に接したら「お願いだから止めて」と涙目になられたので、ちゃん付けのタメ口でいいとの許可を貰いました。どうやらこの子たちは身分に頓着しない、いい子たちのようです。
そんなお二人がわざわざこんな男臭でムンムンなところに、こっそりと出向いた理由は、私の予想とは異なりなんとも意外なことでした。
「……つまり、ルディアちゃんは物書きがご趣味で、その取材のためにわざわざ足を運んだと」
「はい。いま書いている作品に騎士が登場するんですが、私の周囲にいるのはどこかお人形さんのように取り澄まして着飾った方ばかりなので……、だからどうしても生の姿を拝見したくって来ちゃいました」
「そして私はそんな友人に付き合ってここまで来たのよ」とアシュリー。
「なるほど。それにしても、その髪型とメイド服って似合いませんよね」
率直な感想を零したら、金髪ドリルが少しムクれてしまいました。
「自分でだってそう思うわよ。でもターニャがこれで行けってうるさいから」
「ターニャ?」
「ルディアさまのお付きのメイドよ。私は嫌だって言ったのに……」
どうやらお二人はターニャさんというメイドさんに揶揄われたようです。というか仮にも王族を玩具にする、そのお人が凄すぎる。
生の騎士が見たいとの姫様のリクエストにお応えして、私ことエレナの全面協力のもと、騎士探訪がはじまりました。
まずは現在、訓練中につき無人となっている彼らの控室にご案内。
その汚部屋っぷりを披露してあげましたら、お二人が絶句なさいました。乱雑に脱ぎ散らかされた衣服、そこかしこにぶら下がる洗濯物やらタオルからは、どこかすえた臭いが漂い、部屋全体も湿り気を帯びており、探せばきっとお部屋の片隅にてカビやキノコの群生地も見つかることでしょう。
続きまして訓練用の武具類が保管されてあるお部屋にご案内。
これまた臭い。革製品というのは、ただでさえ独特の匂いを放つところに、歴代の男たちの汗と血とヘンな汁がしみ込んで、えも言われぬ芳香を放っております。そんな室内にお二人は一歩たりとも足を踏み入れることはありませんでした。扉の外から中を覗いて、「きゃっ」と小さな悲鳴を上げて逃げ出してしまいました。
訓練場に併設された浴場にもご案内。
長年に渡って日に何十人もの男汁を洗い流し続けてきた結果、そこは独自の進化の道を辿ります。詳細はあえて伏せますが、女人が知るようなお風呂場とは様相がまるで違うことに、衝撃を受けたお二人。
ルディアちゃんなんて「ここで何の汚れが落ちるというの?」と呆気にとられてしまいました。まぁ、油の海で油汚れを落としてるみたいなもんですから、それもしようがありませんね。アシュリーちゃんは途中でギブアップして洗面所に駆け込みました、そしてそこの惨状にも触れて絶叫なさっていました。
最後にお待ちかねの訓練場にご案内。
そこでは逞しい男たちが、くんづほぐれつ、切磋琢磨しながら爽やかな汗と血を噴きつつ、たまに失神したはずみで、小やら大を垂れ流している光景が……。
それを見て、もはやお二人は放心状態でした。
「これが騎士、これが本当の……」ブツブツと呟いているルディアちゃん。
「男なんて、男なんて……」なにやら異性に幻滅してしまったアシュリーちゃん。
どうやら箱入り娘の彼女たちには、真実はあまりにも残念過ぎたようです。だが甘いですね。彼らの寮に行ったら、ここがまるで天国であるかのように感じることでしょう。あそこは魔窟ですよ。たぶん、そのうちに奥底から邪悪な何かが湧いてくるに違いない。
「なんならこれから行ってみますか? 私なら顔パスで通れますが」
配達で何度かお邪魔しているんですよ。
いやー、あれは酷い。
もしも王様が許可を下さるのならば、すぐさま油を撒いて火をつけますね。
掃除? お片付け? ご冗談を。そんなの労力と時間の無駄です。汚物は滅却消毒するに限ります。
そう話してあげたら、お二人は全力で首を横に振りました。
アシュリーちゃんの金髪ドリルが、びったんびったんと揺れて、ちょっと面白い。
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