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04 私たちの戦場
しおりを挟む騎士用の食堂では昼と夜の二食のみの提供となります。
朝は別の業者がパンに具を挟んだ品を配達して賄っております。
昼食は大体が煮込み料理になるので、ひたすら材料の下準備が続きます。野菜を洗ったり皮を剥いたりする下っ端仕事の定番に私は奮闘します。ひたすら手にしたピーラー片手に、じゃんじゃん芋の皮を剥いでいると、「エレナ、それはなんだい?」と目敏いラメダさんから声をかけられました。さすがは料理人です、珍しい調理器具に興味津々のご様子だったので、実演を交えつつ説明をすると、すぐに三十個の注文を頂きました。あとでじっちゃんに連絡を入れておかないと。
じっちゃんというのは実家の宿屋の近所にある工房の鍛冶師です。
名工十傑とかに選ばれるほどの凄い人らしいのですが、私にとってはただの甘党のじじいです。小さい頃から工房の周りをちょろちょろとしていたら、すっかり仲良くなりました。そもそも女の子は鍛冶場なんぞには興味を示さないのだとか。なのに私ときたら服が汚れるのもお構いなしでしたので。
初めは露骨に邪険に扱われていたのですが、ある日「曲がる鉄はないの?」と訊ねたのをきっかけに二人の仲がグンと近まりました。私としては単にハリガネで色々と遊びたかっただけなのですが、丈夫で切れ味鋭い剣なんぞをずっと造ってきた彼にとっては、その言葉に小首を傾げるばかり。しかし子供に出来ないと思われるのも癪だったらしく、扱いやすい素材には心当たりがあったのでちゃっちゃと作ってくれました。
するとそれが案外使い勝手がいいとわかり、ちょっとした騒ぎに発展していきます。
なにせヒモのように扱えて、それこそ軍用の有刺鉄線にまで転用が可能なんですもの。
これに商業ギルドと鍛冶ギルドが飛びついて、新たな市場が開拓され莫大な富が産まれました。
なおじっちゃんと私は開発するだけして、あとはギルドに丸投げ。ついでに権利の一切合切も放棄しました。だってあぶく銭を持ったところで絶対にろくなことにならないんですもの。
じっちゃんは元からお金や名声なんぞには無頓着な人ですし、私にしても幼児略取誘拐なんて目に合いたくありませんから。それに身の丈に合わない富は身を亡ぼすだけです。
私はいまの家族が気に入っています。
優しくも逞しい父、しっかり者で美人の母、町内でも評判の器量よしの姉、そんな家族に囲まれての穏やかな生活を脅かすようなモノは必要ありません。そのような事を口にしたら「ちいせぇくせに達観してやがる」とじっちゃんに頭を撫でられました。生涯を賭して重たい金槌を振り続けてきた彼の手はゴツゴツとして、とても男らしかったです。
こうしてあぶく銭を失う変わりに私は名工の信頼を得て、以降はいろいろと便利グッズの再現に協力してもらっているのです。おかげで台所関連はそこそこのラインナップを誇っております。だからラメダさんにピーラーを紹介するついでに穴あき包丁も披露すると、こちらはなんと五十本もの注文が入りました。忘れずに工房に発注をかけておかないと……。
「それじゃあ! お前ら! 気合を入れな!」
ラメダの姉御が激を飛ばしたのを合図に、飢えた野郎どもが食堂に次々と押し寄せてきました。昼時の食堂はまさしく戦場でした。
受付に殺到する男どもを御するのは腰の曲がった婆さま。手早くお金を受け取ってはチケットを渡していきます。ですが勢いのままに列を乱す輩には容赦のない手刀を高速でかまし、額をぴしゃりと一撃。ちゃんと列へと並ばせる達人技を披露しておりました。
カウンター越しに受けた注文をこなしていく厨房組、その陣頭指揮をとっているのは姉御です。さながら姫将軍のごとき勇ましさにて、料理人らが忙しく動き回っては、次々に料理が仕上がっていきます。
それを食堂の座席にて待っている客人のもとへと運ぶのが私。
実家の稼業と前世のバイト地獄でならした腕は伊達じゃない。曲芸のごとき皿運びにて一度に大量に運ばれていく料理に、思わず食堂内にどよめきが起こりましたが、気にしている暇はありません。じゃんじゃん運ばないと間に合いませんから。
何度か往復をしている途中で、テーブル廻りをウロウロして邪魔だった金髪の美少年を蹴飛ばしたような気もしますが、きっと気のせいでしょう。
腹が減ったとピーピーとうるさい雛どもの口に餌をねじ込む要領にて、ひたすら仕事を片付けていくこと約二時間、ようやくにして私たちの戦いは終わりました。
「やるじゃないか、エレナ」と姉御からはお褒めの言葉を頂きました。初勤務としてはまずまずだったと自画自賛します。
二時間ほどお姉さま方とワイワイ食事やお茶を愉しみ休憩した後に、今度は夕食の仕込みです。基本的に私がやる仕事は変わりませんので詳細は割愛しておきましょう。
夜の食堂は多少は落ち着いているそうですが、似たり寄ったりとのこと。
所詮は体育会系を相手にする食事処ですので、まあ、こんなもんでしょう。
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