上 下
4 / 57

04 私たちの戦場

しおりを挟む
 
 騎士用の食堂では昼と夜の二食のみの提供となります。
 朝は別の業者がパンに具を挟んだ品を配達して賄っております。
 昼食は大体が煮込み料理になるので、ひたすら材料の下準備が続きます。野菜を洗ったり皮を剥いたりする下っ端仕事の定番に私は奮闘します。ひたすら手にしたピーラー片手に、じゃんじゃん芋の皮を剥いでいると、「エレナ、それはなんだい?」と目敏いラメダさんから声をかけられました。さすがは料理人です、珍しい調理器具に興味津々のご様子だったので、実演を交えつつ説明をすると、すぐに三十個の注文を頂きました。あとでじっちゃんに連絡を入れておかないと。

 じっちゃんというのは実家の宿屋の近所にある工房の鍛冶師です。
 名工十傑とかに選ばれるほどの凄い人らしいのですが、私にとってはただの甘党のじじいです。小さい頃から工房の周りをちょろちょろとしていたら、すっかり仲良くなりました。そもそも女の子は鍛冶場なんぞには興味を示さないのだとか。なのに私ときたら服が汚れるのもお構いなしでしたので。
 初めは露骨に邪険に扱われていたのですが、ある日「曲がる鉄はないの?」と訊ねたのをきっかけに二人の仲がグンと近まりました。私としては単にハリガネで色々と遊びたかっただけなのですが、丈夫で切れ味鋭い剣なんぞをずっと造ってきた彼にとっては、その言葉に小首を傾げるばかり。しかし子供に出来ないと思われるのも癪だったらしく、扱いやすい素材には心当たりがあったのでちゃっちゃと作ってくれました。
 するとそれが案外使い勝手がいいとわかり、ちょっとした騒ぎに発展していきます。
 なにせヒモのように扱えて、それこそ軍用の有刺鉄線にまで転用が可能なんですもの。
 これに商業ギルドと鍛冶ギルドが飛びついて、新たな市場が開拓され莫大な富が産まれました。
 なおじっちゃんと私は開発するだけして、あとはギルドに丸投げ。ついでに権利の一切合切も放棄しました。だってあぶく銭を持ったところで絶対にろくなことにならないんですもの。

 じっちゃんは元からお金や名声なんぞには無頓着な人ですし、私にしても幼児略取誘拐なんて目に合いたくありませんから。それに身の丈に合わない富は身を亡ぼすだけです。
 私はいまの家族が気に入っています。
 優しくも逞しい父、しっかり者で美人の母、町内でも評判の器量よしの姉、そんな家族に囲まれての穏やかな生活を脅かすようなモノは必要ありません。そのような事を口にしたら「ちいせぇくせに達観してやがる」とじっちゃんに頭を撫でられました。生涯を賭して重たい金槌を振り続けてきた彼の手はゴツゴツとして、とても男らしかったです。
 こうしてあぶく銭を失う変わりに私は名工の信頼を得て、以降はいろいろと便利グッズの再現に協力してもらっているのです。おかげで台所関連はそこそこのラインナップを誇っております。だからラメダさんにピーラーを紹介するついでに穴あき包丁も披露すると、こちらはなんと五十本もの注文が入りました。忘れずに工房に発注をかけておかないと……。

「それじゃあ! お前ら! 気合を入れな!」

 ラメダの姉御が激を飛ばしたのを合図に、飢えた野郎どもが食堂に次々と押し寄せてきました。昼時の食堂はまさしく戦場でした。
 受付に殺到する男どもを御するのは腰の曲がった婆さま。手早くお金を受け取ってはチケットを渡していきます。ですが勢いのままに列を乱す輩には容赦のない手刀を高速でかまし、額をぴしゃりと一撃。ちゃんと列へと並ばせる達人技を披露しておりました。
 カウンター越しに受けた注文をこなしていく厨房組、その陣頭指揮をとっているのは姉御です。さながら姫将軍のごとき勇ましさにて、料理人らが忙しく動き回っては、次々に料理が仕上がっていきます。
 それを食堂の座席にて待っている客人のもとへと運ぶのが私。
 実家の稼業と前世のバイト地獄でならした腕は伊達じゃない。曲芸のごとき皿運びにて一度に大量に運ばれていく料理に、思わず食堂内にどよめきが起こりましたが、気にしている暇はありません。じゃんじゃん運ばないと間に合いませんから。
 何度か往復をしている途中で、テーブル廻りをウロウロして邪魔だった金髪の美少年を蹴飛ばしたような気もしますが、きっと気のせいでしょう。
 腹が減ったとピーピーとうるさい雛どもの口に餌をねじ込む要領にて、ひたすら仕事を片付けていくこと約二時間、ようやくにして私たちの戦いは終わりました。
「やるじゃないか、エレナ」と姉御からはお褒めの言葉を頂きました。初勤務としてはまずまずだったと自画自賛します。

 二時間ほどお姉さま方とワイワイ食事やお茶を愉しみ休憩した後に、今度は夕食の仕込みです。基本的に私がやる仕事は変わりませんので詳細は割愛しておきましょう。
 夜の食堂は多少は落ち着いているそうですが、似たり寄ったりとのこと。
 所詮は体育会系を相手にする食事処ですので、まあ、こんなもんでしょう。

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

処理中です...