人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝

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02 秘密の花園の隣

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 突然ですが私……、実は転生者なんです。
 記憶はバリバリに残っています。
 ちょっと愚痴ってもいいですか? 酷いんですよ。

 高校生の頃に両親が無謀運転の車に巻き込まれて揃って他界、苦労しつつもなんとか大学に進学したら、いきなり構内にて男子学生から背中をブスリと刃物で刺されました。しかも驚いて振り返ったら「あ、ごめん、間違えた」ですって。
 さすがにその丈夫さにて、災害現場でも活躍するに違いないと言われるほどの安心と信頼の私の堪忍袋の緒が、プツリと切れました。
 思い切りドロップキックをかまして相手をのしたところで、私の中の大切な何かがぺきっと折れて、そのまま昏倒。どうやら背中に刃物を深々と刺された状態にて、急激な運動をしたのが良くなかったようです。
 薄れゆく意識の中で聞こえきたのは、周囲の野次馬どもの声。
 なんでも犯人の男は大学でも有名なビッチ姫の取り巻きの一人らしく、散々に貢がされた挙句にポイっされたことを怨んでの凶行だったとか。どうやら私が着ていたコートが、たまたま彼女の物と同じような色と形だったらしいです。それでうっかり間違えたと……。「おのれ! ビッチ姫め!」と思ったところで世界が暗転しました。
 そして気が付いたら赤ん坊になっていました。

 そりゃあ驚きましたよ。
 なにせ目が覚めたら世界がまるで違っていたんですから。
 いきなり中世風のファンタジーの中に放り込まれたら、誰だって混乱します、興奮しちゃいます。ですが、すぐにそんなモノは冷めてしまいました。
 ここは確かに剣と魔法とモンスターがいるファンタジー、でも私の周囲には関係がないことに、すぐに気がついたからです。
 まず私の家は上客相手の宿屋です。よって剣に縁がありません。
 次に魔法ですが、そんなものは選ばれしごく一部の人しか使えません。ましてやただの宿屋の小娘に才能なんてあるわけもなく、それどころか近所の生き字引のお爺ちゃんですら、「魔法? 生まれてこのかた見たことねぇなぁ」と言わせる代物。あるのは間違いないようですが、魔法が使える人材はすぐに王城に召し上げられるらしく、一般人と交わることがありません。
 次にモンスターですが、私、生まれも育ちも王都っ子、生粋のシティガール。一歩たりとも高く頑強な壁の外なんぞには出たことがありません。そしておそらくは今後も出ていくことはないでしょう。前の世界と違って、こちらでは生まれた土地で生きて、生まれた土地で死んでいくのが当たり前。土地から土地へと渡り歩くのは商人とか冒険者らとか限られた職業や身分の方ぐらいです。これまた宿屋の娘には縁のない話ですね。
 だったら冒険者になればいい? 阿呆なことを言わないで下さい。
 体力、胆力、戦闘力、経験、知識などなど求められることは多岐に渡り、一端の冒険者らはある意味、超人的な人たちのことなのです。騎士たちのように厳しい鍛錬を積み、商人たちのようにしたたかに交渉をこなし、なおかつギルドの看板を背負って立つ気概を持ち、どんな窮地にもへこたれない強靭な精神力にて、難所にズンズンと踏み込み未知の世界を切り開く。そんな彼らのような生き方なんて、ただの宿屋の小娘に出来るわけがないでしょう。
 あと、いちおう獣人さんなどの亜人種と呼ばれる方々もいるようですが、あいにくと王都で見かけたことがありません。基本的に彼らとは肉体的構造が違い過ぎて、同じ生活圏で暮らすのは、ほぼほぼ不可能なようです。
 鼻のいい獣人には、人間の街なんてとても臭くて耐えられないですし、逆に人間にとっては獣人らの街は雨の日の犬小屋みたいなもんらしくって、独特の獣臭がキツ過ぎて意識を失うほどなんだとか。ましてや「モフモフ可愛いー」とか騒いで気安く触れるのなんてもってのほか、速攻で痴漢で逮捕されちゃいますよ。
 万事がこんな仕儀につき、とかく私の周囲はファンタジー感が希薄、街並みにしたって中世のヨーロッパ風とはいえ、見慣れてしまえばただの石造りの街角。特別感は数ヶ月で消えましたね。

 ちょっと話が横道に逸れてしまいましたが、とにかく転生という奇異な目に合ったせいか、どうにも私の中で上手く事態が消化融合しきれていないらしく、また前世の最期がクソッタレなせいか、どうにも異性に対する反応も鈍く、傍観者然とした視線にて物事を見るようになってしまったようです。もしかしたら母はそんな私のことを心配して、外部へと出すことに決めたのかもしれませんね。
 ですがそのおかげで就職がすんなりと決まりました。
 なにせ私は傍観者、騎士たちに色目を使う気は毛頭なく、たんにぼんやりと眺めているだけで満足するのですから、実害がありません。そういう意味での「大丈夫」だったのですよ。

 勤め先の食堂に顔を出したら赤髪の女性が出迎えてくれました。
 彼女の名前はラメダさん。私の上司に当たる方にして、厨房の料理長も兼任なさっている騎士用の食堂の統括者です。ややツリ目がかっていますが人妻の美人さんで、お胸がバインバインです。気風のいい方で、みなからは姉御と慕われています。なお私の母と姉も負けず劣らずのバインバインなのですが、あいにくと私は父の血の影響が濃く出たようで、動きやすいスレンダー体型。たまに母と姉が「肩が凝るわー」という会話をしているのを耳にすると、ちょっとイラっとしますね。

 ラメダさんに紹介されて、同じ職場に勤める先輩のお姉さま方に挨拶をしました。何事も挨拶は大事、ここはしっかりと頭を下げておきます。なお、お姉さま方といっても皆それなりにお歳を召しております。基本的に私は自分より年上の女性はお姉さま、男性はお兄さまと表します。こう言っておけば、問題がないことは実家の宿屋で実証済み。若さにかまけて下手におばさん呼ばわりとかすると、色々と怖いのですよ。女性はいくつになっても女性、乙女回路は健在なのです。何気ない一言が禍根となり、後々に怒涛の津波となって跳ね返ってくることもあるのです。これもいわゆる処世術といったところでしょうか。
 私の当面の仕事はお姉さま方の助手です。人手が足りないところをあちこちと彷徨いつつ、多くの経験を積んで、いずれは適性の高い場所に配置されるとのこと。
 厨房のみならず食堂にて接客業務の手伝いにも入るので、これはなかなかに大変そうです。

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