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01 秘密の花園へ
しおりを挟む「腕白でもいい、逞しく育ってくれたら」と父は仰った。
「元気で健康なら、それだけで十分」と母は仰った。
姉は基本的に「可愛い」としか言わない。
そんな家族の薫陶よろしくヌクヌクと育った私は、本日、家を出ていきます。
向かう先は王城です。
王城、それはこの国で一番えらい人たちが住み、煌びやかな貴人らが集い、なんやかやしながらきっとワイングラス片手に、尖塔の遥か頂から下界を見下ろしては、ほくそ笑む場所。
テクテクと石畳の通りを城門へと歩いていると、不意に声をかけられました。
「おや、エレナちゃんじゃないか。どうしたんだい、こんなに早くに」
小さな頃からの顔馴染みの八百屋のおばさんです。そのおみ足はよく育った大根のごとく、その腕もよく育った大根のごとし逞しさを持つ彼女。
実はかくがくしかじかにて、と理由を説明するとたいそう同情されて、「これでも食べて、頑張るんだよ」と爽やかな酸味が特徴的な甘い果実を下さりました。
ありがたく頂戴して、かじりながら再び足を動かします。
通りには朝の通勤時間ゆえに、城へと向かう人の流れが溢れていますので、小柄な私もその流れに乗って、どんぶらこと運ばれていきます。なにせ大きなお城ですので勤め人も大勢いるのです。敷地内にある寮にて生活している方々も沢山なので、それらを合わせると数千単位の人間が内部にて蠢いていることでしょう。
私も今日からはその一部となるのです。
今から三ヶ月ほどさかのぼった頃、姉が結婚しました。婿をとったのです。
義兄は寡黙な料理人で無駄話を一切しません。しかし腕は一流です。おかげでうちの実家の宿屋は将来安泰です。彼はもともとうちの厨房に勤めていた方で、こちらの家族とはすっかり顔馴染、人柄もよく知っているので、二人の婚姻は実にあっさりと決まりました。
ああ、こんな風に書いたら両親主導で進められた話のように思われるかもしれませんが、実際はちゃんとした恋愛結婚です。おっとりとした姉と物静かな義兄は、毎日接しているうちに自然とそんな関係に落ち着いていました。
目出度く跡継ぎも得て、我が家の未来は明るいとなったところで浮上したのが私の身の振り方です。妹大好きっ子の姉はずっと手元で飼い殺す気まんまんだったようですが、母としては熱々の新婚家庭が巻き散らすピンク波動は、若い小娘にはいささか目の毒との理由にて、放出することに。
ちょうどその時に城内にいくつかある食堂の一つが求人募集をかけており、そこに勝手に応募されてしまいました。
なかなかの倍率にて、参加者らでごった返す面接会場。
あまりの人の多さに「これは無理かな」と考えていたのですが、鼻息も荒くやる気に満ちたお姉さま方を差し置いて、何故だかその場で採用が決まりました。てっきり小さな頃より適当に手伝ってきた、実家の宿仕事の経験が評価されたのかと思われたのですが、さにあらん。
採用理由は「これなら大丈夫だろう」という意味不明なものでした。
とにもかくにも採用された私の身柄は城内の寮預かりとなりました。
年頃の娘のわりに私物が極端に少ない私は、こうして小さなサンドバックのような袋だけを手に、城へと向かうことになりました。
大きな城門の脇にある小さな通用口から、勤め人たちは城内へと入っていきます。ゴツイ衛兵らに簡単な身元確認をされて、ようやく入城。慣れない城内をキョロキョロとしながら、これからの職場となる食堂へと向かいます。
私が勤めるのは騎士たちが利用する食堂です。
城内には上級士官や貴族たち向けの豪奢な高級食堂、メイドさんらが利用するお洒落なカフェテリア風の食堂、なにかと大変な裏方さんたちのための定食屋風の食堂があり、それぞれが独立採算制にて運営されております。
そしてこの中でも特に働き口として人気があるのが私の勤め先だったようです。その理由はすぐにわかりました。食堂付近に屯する野郎どもが、どいつもこいつも精悍で男前です。なるほど、だから面接会場に集っていた女性陣の鼻息がやたらと荒かったのですね。みな下心満載だったようです。そんな中にあって事情も知らずに、一人のほほんとしていた私は、面接官の方々の目にはかなり異質に映ったことでしょう。
いや、私とて年頃の乙女です。人並に男前には心惹かれるものがあります。
ただし……、がつきますけれども。
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