寄宿生物カネコ!

月芝

文字の大きさ
上 下
237 / 280

237 カネコと老人の旅、九日目。

しおりを挟む
 キン! キィン!

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。リベルテが戦う姿を、シンジュは見ている事しか出来なかった。カイリに殴られたところがじくじくと痛み、思うように体が動かせない。それでもシンジュはリベルテの為に何が出来るかを必死に考えた。このまま見ているだけなんて嫌だ。自分の為に戦ってくれているリベルテの手助けをしたい。

 シンジュがそう思っている間も、二人は激しい戦いを繰り広げていた。どちらも本気で相手を殺そうとしている。初めて見る命のやりとりに、シンジュは恐怖した。リベルテの事を信じている。勝ってほしいと思っている。けれど、不安は消えてくれず「もし、リベルさまが負けたら」と最悪の結末を考えてしまった。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分が許せなくて、シンジュは首を横に振った。

「何か、僕に出来る事……リベルさまを、助けなきゃ……」

 痛みを我慢して立ち上がり、シンジュは二人が戦っている場所を注意深く見た。二人から少し離れた場所で、きらりと何かが光る。その光を見たシンジュはカイリに気付かれないよう注意しながら近寄って、光っていたものを拾い上げた。

「シズク! 良かった。すぐに助けるから」
「キュウ!」

 リベルテに投げ飛ばされた時にカイリの手から離れたのだろう。光の正体はシズクが閉じ込められている瓶だった。カイリはリベルテに集中していてシンジュには気付いていない。力の入らない手に無理矢理力を入れて、シンジュは瓶の蓋を開けようとした。しかし、蓋はびくともしない。もう一度力いっぱい蓋を取ろうとするが、ピクリとも動かない。

 早くしないとリベルさまが……

 カイリが正々堂々と戦うとは思えなかった。彼は一度卑怯な手を使ってリベルテを殺そうとした事がある。シンジュを海に連れて帰ろうとした時も彼はリベルテを殺すと脅した。このまま戦いが長引けばリベルテが危ない。自分が不利になった時、カイリがどう動くか分からない。そんな不安や恐怖と戦いながら、シンジュは必死に瓶の蓋を開けようとした。

 キィン!

 金属の高い音が響いたのと同時に砂浜に剣が突き刺さる。それはリベルテが持っていた剣だった。丸腰になったリベルテに、ニタニタ笑うカイリがじりじりと近付く。シンジュは願うように力を込めた。

 お願い! 開いて! このままじゃリベルさまが、僕の大切な人が死んでしまう!

 ふわりと、優しい温もりに包まれた気がした。シンジュの両手に誰かの手が重なる感触。シンジュが不思議に思っていると瓶からキュ、と音がしてビクともしなかった蓋が僅かに動いた。シンジュは蓋を凝視して、直ぐに蓋を回した。あんなにも硬かった蓋はあっさり開いて、瓶の中に閉じ込められていたシズクが元気に飛び出す。その勢いのままシズクはリベルテとカイリの間に割って入り、強い光を放った。

「リベルさま!」

 目を開けられない程の眩しい光に包まれても、シンジュはリベルテの元へ駆け寄った。彼は駆け寄って来るシンジュをしっかりと抱きとめる。光は直ぐに消え、ザアッと雨が降り注いだ。その雨は温かく、肌に触れると溶けるように染み込んだ。染み込んだ場所からすうっと痛みが消え、傷が塞がっていく。雨が止んだ時には、シンジュもリベルテも全ての傷が癒えていた。

「ぎ、ぎゃぁああああああ! 痛い! 痛い痛い痛い! あぁああああああ!」

 突然、カイリの悲鳴が聞こえ彼の姿を見た二人は息を詰まらせた。綺麗な藍色の髪はどんどん色素が薄くなり白髪へ変わり、同じ色をした瞳も白く濁り、干からびるように体から水分が抜けて皺だらけ。一瞬で老人のような姿に変貌したカイリを見て、二人は何が起こったのか分からず、その場から動く事が出来なかった。





 凄まじい痛みと苦しみに襲われたカイリは、少しでもその痛みから逃れる為に砂浜をのたうち回る。しかし、その行為は更に痛みを増すだけで何の解決にもなっていなかった。

「神子殺しの烙印さ」

 変わり果ててしまったカイリを見ていると、突然誰かの声が聞こえた。二人がは声のした方へ視線を向けると、其処には深海の魔女と呼ばれている老いた人魚が静かに佇んでいた。感情のない目をカイリに向け「自業自得だ」と冷酷に吐き捨てる。

「烙印?」

 リベルテが恐る恐る聞くと、老いた人魚は頷いて話を続けた。

「簡潔に言えば神罰。神子の証を奪おうとした者、神子の力欲しさに神子を殺そうとした者は神子殺しの烙印を押されるのさ。烙印を押された者は神子を苦しめた罰として死ぬまで苦痛と絶望の中を生き続ける。自ら死ぬ事も許されない。苦痛と絶望の中、罪を償い切るまであの地獄は続く。当然の報いだよ。彼奴は散々神子殿を苦しめたんだからね」

 当然の報い。確かに今迄カイリがしてきた事を思えばそうなのかもしれない。しかし、シンジュは素直に受け入れる事は出来なかった。そう思っても、今のシンジュがカイリに出来る事は何もない。老いた人魚もリベルテも「気にするな」と言ってくれるが、シンジュはカイリから視線を逸らした。

 カイリから顔を背け老いた人魚を見て、シンジュはある事に気付いた。皺だらけの肌。縮れ傷んだぼさぼさの髪。濁った緑色の瞳。老いた人魚と罰を受けたカイリの姿は酷似していた。恐る恐るシンジュが「あなた、も?」と問うと、老いた人魚は一瞬目を見開いた。しかし、直ぐに表情を戻し「神子殿が知る必要はないさ」と告げて、痛みに耐え切れず気を失ったカイリを担いだ。

「コレは連れて行くよ。神子殺しの末路を見せれば、流石の人魚族も恐れて神子殿に手を出さなくなるだろう」

 老いた人魚はシンジュを悲しそうな表情で見詰め「今迄、済まなかったね」と謝罪した。

「え?」
「今度こそ、幸せにおなり。神子殿の幸せが、小娘の、ヒスイの願いだから」

 カイリを連れて海に帰ろうとする老いた人魚の腕を、シンジュは咄嗟に掴んだ。驚く人魚に、シンジュは縋るような目を向け「まって、ください」と言った。

「貴方が過去に何をしたのか、どうして罰を受けたのか、僕は知りません。聞くつもりも、ありません。でも、貴方は僕を助けてくれました」
「……これはワタシが選んだ道だ。神子殿には関係ない」
「確かに、僕が言っても意味は無いかもしれません。救えないのも、分かってます。でも、言わせて、ください。僕は……僕は、貴方を許します」

  シンジュが「許す」と言った直後、老いた人魚を暖かい光が包み込む。痛み縮れた髪は長く美しい淡い碧色に、濁った緑色の瞳は宝石のような青紫に。皺だらけだった肌は瑞々しいハリのある滑らかな肌に。光の中から現れたのは、男性とも女性ともとれる中性的な顔立ちの美しい人魚だった。

「え? 嘘!? 物凄く美人になってる!?」
「失礼な餓鬼だね。これが本来の姿だ」

 皺がれた声も美しい声に変わった。何が起こったのか分からず驚いていると、リベルテに失礼な発言をされ人魚は不機嫌な顔をして反論した。未だに信じられず口をパクパク動かすリベルテに、人魚は深いため息を吐く。

「よかった」

 神子殺しの烙印から解放された深海の魔女を見て、シンジュは安心したように笑った。控えめに笑う彼に感謝の言葉を述べ、人魚はカイリを連れて今度こそ海の中へ帰ろうとした。

「夜の神子が危ない。早くお行き。彼らは神殿に居る」

 バッと神殿の映像が空中に流れる。多くの騎士に囲まれたユリウスと夕、そして不敵に笑うシェルスの姿を見た瞬間、二人はシズクと共に急いで神殿へ向かった。

「後はお前の仕事だ。クラウス」

 去って行く二人を眺めながら、人魚は小さな声で呟いた。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

処理中です...