寄宿生物カネコ!

月芝

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216 カネコ、喰いそびれる。

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 ここだけの話。
 ワガハイ……、じつはトライミングから北の方面へと出向くのは初めてである。
 だから「えー、王都へ行くのだなんでめんどくさいよ~」とか、みんなの前では不満を口にしつつも、内心ではちょっとワクワク。遠足を楽しみにする子どものように、童心にかえっていた。
 だから物見遊山がてら、のんびり旅を楽しむつもりだ。
 幸いにもえらい学者先生が同行することになり、宿泊費などの心配もなくなったことだし。
 先生いわく。

「なぁに、ワシにまかせておけ。あとでまとめて連中に請求しては、むしりとってやるわい」

 とのこと。
 えらい学者先生の権威は伊達ではない。
 あちこちに伝手があり、顔も効き、影響力があるのだ。
 権謀術数が渦巻く宮廷、権力者らの近くにてのらりくらり。
 やり過ごしてきた経験もあり、年の功にて交渉事なんぞはお手の物。
 うーん、じつに頼もしい。

  〇

 初日の宿泊地である街。
 外観は掘と壁に囲まれた堅牢さを誇っているものの、まぁ小粒だ。
 そのせいか入場手続きはあっさりしたもの。
 ざっと荷を検めたり、口頭でのやりとりぐらい。
 とはいえさすがにカネコモービル・エボルヴでいきなり乗りつけたら騒ぎになるだろう。
 きっと説明を求められる。それはちょっと面倒なのでワガハイたちは相談の上、手前で降りて徒歩で入場門へと向かうことにしたのだけれども。

「ふーん、ずいぶんと警備がゆるいのにゃあ。ガチガチのトライミングとはえらいちがいだにゃあ~」

 トライミングでは出るのにも入るのにも銀貨二枚徴収される。
 衛士隊からしっかり詰問を受け、検分もされるし、レジメ板でのチェックもある。ばっちり記録もとられる。怪しい行動をすれば即別室に案内されては拘束される。一定量以上の荷には税がかかったりもする。
 それに比べると、この街はゆるゆるだ。
 日が暮れたら門が閉じられてしまい、翌朝まで出入りできなくなることをのぞけば、ほぼ自由にて。

「何より入場料がかからないことが素晴らしいのにゃん」
「まぁのぉ、この規模の街でそんなモノを徴収したら、誰も寄りつかなくなるからな」
「レジメ板もないのにゃん」

 レジメ板は水晶の板みたいな魔道具で、触れたらとたんに魂レベルから個人情報がぶっこ抜かれる。情報はすぐさま中央に集積される。
 隠れて悪さをしていてもたちまち露見する。
 超強力なウソ発見器、レジメ板は恐ろしい管理ツールなのだ。

「あれはけっこう高価な魔道具じゃからのぉ。この国では主要な都市や重要な拠点以外、ほぼ置いておらんわい。もっともその代わり――」

 えらい学者先生は白くて長いアゴ髭をしごきながら、にやり。

「あるところには、たんとあるぞ」

 例えば王都だ。
 外壁、内壁、城壁と三層構造をしている都内にて、各々の区画を出入りする際には必ずレジメ板でのチェックを受けることになっているそうな。
 これは貴賤の関係なし。だから外部から来訪して王城へと登るには最低でも三度は身元をチェックされることになる。
 なかなかに悪党泣かせの仕様にて。
 もっともそんな厳重な警備体制すらも、あの手この手と知恵を絞ってはかい潜ってくるのが、悪い奴らなのだけれども……

 特に門番から見咎められることもなく、ワガハイたちはあっさりと街へと入場した。
 あー、街の造りや光景については、取り立てて述べるようなことは何もない。
 ほどほどに賑わっており、ほどほどに発展した、ほどほどの街だ。
 特筆すべき点はない。可もなく不可もなく。
 まさに『ザ・モブの街』である。
 他所に来たことで、あらためてトライミングの規模や羽振りの良さをワガハイは再認識させられた。うん、トライミングってば辺境の際々だけど、じつはかなりの都会だったんだ。

 そんなモブ街を本日の宿泊地に指定したのは、えらい学者先生である。
 なんでも馴染みにしている宿があるとのこと。
 酒に合う旨い煮込み料理と大きな風呂があるそうな。
 風呂で旅の垢を落としてサッパリしたところで、一杯ひっかけながら熱々の料理をつつくのが至福らしいので、ワガハイも楽しみにしていたのだけれども……

「んにゃっ!?」
「ありゃりゃ!」

 目当ての宿まできたところで、ワガハイとえらい学者先生は呆然と立ち尽くす。
 なぜなら宿が現場シートで覆われていたから。
 ちなみに現場シートというのは、建築現場の足場に設置される垂れ幕のことである。
 立て看板がしてあり、そこにはこう書かれてあった。

『ただいま改装中』

 初日から旅がつまづいた。
 風呂はともかく名物料理を喰いそびれたのが痛恨である。
 おもわぬ不運に見舞われたワガハイたちは、がっくし。


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