寄宿生物カネコ!

月芝

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205 カネコ、ぼったくられる。

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 ペカーと水面が光りだして、ぷくぷく浮かんできたのは金髪ロン毛の男か女かわからない中性的な麗人。
 泉の精霊だ。
 見た目はいかにも神秘的でまとっているオーラもそれっぽく、後光まで差している。
 だがしかーし、ダマされてはいけない。
 悪い意味でいい性格をしており、泉を訪れた者をおちょくることを楽しみとしているようなヤツだ。
 何をするのかといえば、イソップ童話でお馴染みの『金の斧と銀の斧』みたいな話を来訪者に持ちかけては、散々に翻弄したあげくに「バーカ、バーカ、やーい、ひっかかってやんの、キャハハ」
 嘲笑と侮蔑にて水底へとブクブク消えていく。

 じつは毎年、新人冒険者が何人か痛い目に合ってる。
 トライミングの冒険者ギルド支部あるあるで、名物みたいなものだ。
 なのにそのまま放置しているのは、べつに命まで取られるわけじゃないのと、アレはアレでそれなりにいい勉強になるから。

『世の中そんなに甘くない。ウマい話には裏がある』

 という教訓。
 目の前にぶら下げられた美味そうなエサに飛びつくな。
 それを安心? 安全? に実地で学べる機会は、ありそうでなさそうで……
 だから、ちょいとムダに鼻っ柱の強い新人とかがいたら、先輩たちはわざと泉の精霊のことを教えてやり、「せっかくだから、ひと稼ぎしてこいよ」とそそのかし、痛い目をみせたりするのだ。
 ちょいと手荒い洗礼だが、これもまた愛のムチである。

 かくいうワガハイもヤツとはいささか縁があった。
 初めて遭遇したときには、熾烈な駆け引きと心理戦を繰り広げ、からくも勝利した。
 二度目の邂逅はダンジョン内にあった回復の泉にて。
 あの時は阿呆な勇者が騙されて、あり金を全部巻き上げられていた。ばかりか大切な聖剣まで失うところだった。幸いなことに剣は返してくれたけど……

 そんな泉の精霊だが、このことからもおわかりであろう。
 一ヶ所にのみ出現するのではなくて、トライミング近郊の泉ならば、気まぐれにあちらこちらでポコポコ出現するといわれていたのだけれども、どうやらそれはかんちがいであったようだ。
 より正しくは『泉っぽいのがあるところならば、どこにでも湧く』だ。
 なにせ月にある噴水の所にまで出張しているんだもの。
 たぶん泉という媒体さえあれば、どこでも行けるのではなかろうか?
 どこでもド〇ならぬ、どこでも泉!

「やぁ、ひさしぶりだね、元気してた?」
「……これが元気そうに見えるのかにゃん」
「うーん、いわれてみれば、ずいぶんと草臥れているような……」

 ワガハイはかくかくしかじか。
 手短に自分の身に起きたことと、現状を説明する。
 すると「あれま」と泉の精霊。「そいつはまた難儀なことで。にしても、キミもつくづく引きがいいというか、厄介事に巻き込まれる星の下に産まれたものだねえ」

 ケラケラ笑う泉の精霊に、ワガハイはブスっとしかめっ面。
 まぁ、それはさておき。
 ひとしきり笑ってから泉の精霊は、とある提案をワガハイに持ちかけてきた。

「帰りの足がなくて困っているんだろう? もしよければ、ボクが送ってあげようか。ただし、少しばかりコレがかかるけどね。どうする?」

 コレとはゼニのことである。
 泉の精霊は運賃を御所望だ。

「精霊のくせにお金なんかいるのかにゃん?」
「まぁ、これでもいろいろと物入りなんだよ。今度、姪っ子が結婚するからご祝儀がいるし、礼服も仕立てないと。あとは寿退社する同僚への餞別とか、それから甥っ子の入学祝いと、ペットの定期健診代に……」

 近々にかかる出費を指折り数える泉の精霊。
 精霊界にもいろいろあるらしいけど、う~ん、俗っぽい。
 しかし渡りに舟であることもたしか。
 だからすぐにでも申し出に飛びつきたいところだけれども……

「ちなみにおいくらかにゃん?」

 気になるのは料金だ。
 あんまり法外な値をふっかけられても困る。
 なんぞと考えていたら、ワガハイの予想の遥か斜め上を行く金額を提示された。

「えーと、距離と重量、荷物の大きさを考えたら、だいたいこんな感じかなぁ~」

 運賃を聞いた瞬間に、ワガハイの全身の毛が逆立ち「シャーッ!」
 驚きのあまり三つの目玉がポロリと零れ落ちるかとおもった。
 詳細は差し控えるが、とにかくゼロがいっぱい!

「ヒドイ! いくらなんでも、これはぼったくりすぎだにゃん!」
「えぇー、これでもかなりの友情価格でオマケをしているだけどなぁ。だってほら? ここ、月だよ月、さすがに地上のようにはいかないよ」

 月と惑星との距離はとっても遠い。
 地球で例えるならば、40万キロほども離れている。
 これは地球9周半に相当し、東京―ニューヨーク間ならば17往復だ。
 真偽のほどは不明だが、どこぞの民間宇宙開発企業が自前の宇宙船で月旅行を計画しており、それの参加費用は一人当たり100億円以上とも云われている。

 それに比べたら、泉の精霊が提示した金額はたしかに良心的にて。
 ワガハイがこつこつ溜めた全財産を吐き出せば、ギリギリまかなえる。
 だがしかし、タダ飯、タダ酒をこよなく愛する寄宿生物カネコにとって、身銭を切るという行為は、血涙を流し、血反吐を吐くのにも等しい。
 さりとて帰る手段がないのもまた事実にて……ぐぎぎぎぎ。

 いつのまにか用意した契約書をひらひらさせながら、にへらと笑っては血判を迫る泉の精霊が、ワガハイには悪魔に見えた。


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