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190 カネコと化石の海
しおりを挟む大気圏突破で宇宙サバイバルすること三日目。
ツクシ型ロケットはようやく月に到着…………いや、墜落した。
なにせ頭から豪快に突っ込むんだもの。
「うぷっ、気持ち悪いのにゃあ。マジで死ぬかとおもったのにゃあ~」
でんぐり返りの状態で、ワガハイはぶつくさ。
よっこらせと起きては、念のために自身を守る膜に穴がないかを確認する。
「よし、問題なし」
どこも破れておらず、酸素の発生と空気の循環もちゃんと行われている。
月に来るまでの間、あんまりにも退屈だったものであれこれと魔改造を施したおかげで、見た目こそは変わらないけれども初期バージョンとは完全に別物に進化した、ワガハイ専用の宇宙服は軽くて丈夫で安価にて、とっても優秀なのだ。
と、自画自賛しつつワガハイは隔壁のロックが解除されていたので、そこから外へと。
隔壁の向うはすぐに外。
ツクシ型ロケットは分離式にて、段階的に下部を切り離しては加速するタイプだったようだ。
でもって現在残っているのはツクシの頭のところのみ。
「あ、危なかったのにゃあ。もしもあの時、無理してこじ開けていたら、即アウトだったのにゃん」
ぶ厚い隔壁を押し開けて、這い出る。
その先に待っていたのは真空の世界であった。
着陸したのはちょうどクレーターの底のような場所にて、ここからでは周囲の様子が確認できない。
そこでワガハイは手近な丘をのぼってみることにする。
パキリ、パキリ、パキリ……
足下から伝わってくる感触は、冬の日の早朝のよう。
霜を踏んだ時のものによく似ている。
でもちがうのは、踏んだあとだ。
薄氷が砕けるようにして割れてから、破片がすぐに粉々となっては、塵となり消えてゆく。なかなか幻想的な光景だ。
フンフン鼻歌まじりにて、ワガハイの足取りは軽やか。
実際に体が軽い。
もとの世界では月の重力は地球の六分の一であったが、さすがにそこまで軽くないのは、こちらの世界の月の方がずっと大きいから。
「体感的には半分ぐらいの引力かにゃあ」
ワガハイはグッと足にチカラを込めて、ちょいと高めにジャンプしてみる。
ぴょ~んと跳んでは、前方の斜面より突出していた岩へと華麗に着地を決める。
が、直後にボキっと。
足下の岩場が崩れたもので、あわてて跳び退る。
「おっと、危ない危ない。あんまり浮かれていたら怪我をするのにゃあ」
反省しつつ、ワガハイは岩の破片をアイテムボックスへポポイっとね。
「とりあえずお土産ゲットだにゃん」
ただの石っぽいけど、いちおう月の石である。
もしかしたら高値で売れるかもしれない。ダメでもえらい学者先生あたりに話をもっていけば、嬉々として買い取ってくれそうな気がする。
というわけて、ちょっと多めに回収しておくことにした。
ほどなくして丘の上に到着した。
低く波打つ灰色の丘陵地帯が彼方にまで続いている。
一切の命の色がない世界だ。
異景を前にしてワガハイは「まるで化石の海だにゃあ」とおもわずつぶやく。
じっと眺めていると、こちらのココロまで凍てつき固まってしまいそうな気がして、ワガハイはブルルと肩を震わせる。
気を取り直して空を見上げてみれば暗黒の宇宙が広がっており、その中に大きな青い星が浮かんでいた。
あそこから来たのかとおもうと、なにやら感慨深いものがある。
「エスカリオ国の王都に行くのも億劫がっていたワガハイが、ずいぶんと遠くにまで来たもんだにゃあ~」
下水道に潜ったり、地下室に潜ったり、枯れ井戸に潜ったり、貴族社会の深淵に触れたり……
ここのところ、やたらと潜ってばかりだったとおもったら、一転して惑星の外にまで飛び出してしまった。
う~ん、我ながら極端にもほどがある。
「……とはいえ来てしまったものはしょうがないのにゃあ。さて、これからどうしたものやら」
ワガハイはカネコアイを発動する。
カネコアイはジト目になればかなり遠方まで見通せるのだ。遠近両用にて暗闇でもバッチリにて。
三つの目を使っては周辺を探る。
すると北北西の方角にて、キラキラとネオンのように光る何かを発見した。
「むむむ、あれは何かにゃあ? 遠目には街の灯りっぽく見えるけど、ちょっと遠すぎてここからではよくわからないのにゃん」
月に生き物はいない。
というのは地球での常識にて、こちらの世界には当てはまらない。
「とりあえず行ってみるのにゃあ~」
ワガハイは灯りがある方へと向けて歩きだした。
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