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187 カネコ、飛び立つ。
しおりを挟むキュイーン、ギュイーン、ゴゴゴゴゴゴ……
震動を続けている円形をした室内。
これまた丸い小窓の外を猛烈な勢いで流れていく景色を、ワガハイは床に這いつくばっては眺めていることしかできない。
「ふんぎぃいぃぃぃぃ、く、苦しい~。どうしてこうにゃった?」
ワガハイは目の前の苦しみから逃避するかのようにして回想する。
〇
つい先日までは、仮面令嬢の辺境バカンスに付き合って、そばでゴロゴロと準寄宿生活を過ごす。
しかしそれもお嬢さまが急遽王都へと戻ることになったことで終了となった。
勧誘を断ったのにもかかわらず、「気がかわったらいつでも我が家を訪ねてきなさい」と言い残し彼女は去って行った。
一行を見送ったワガハイは依頼完了の報告がてら、報酬を受け取るためにひさしぶりに冒険者ギルドへと顔を出したところ、なにやらザワついているではないか。
まるでダンジョンでも発見された時のような雰囲気に、ワガハイは小首を傾げつつ、馴染みの受付のおっさんのもとへと……
「おう、ワガハイひさしぶりだな」
「うにゃ~。ようやくお嬢さまのお守りから解放されたのにゃん」
「ははは、ご苦労さん。だが、いい稼ぎになったんじゃねえのか」
「まぁにゃあ。ところで、これはいったい何ごとかにゃあ?」
「あー、やっぱり気づいたか。じつは……」
ここのところ奇妙な報告が相次いでいる。
トライミングから一日ほど北西方面に進んだところにある丘陵地帯でのこと。
小物しかおらず、たいした薬草も採れないので、たいていの冒険者らは素通りする、もしくは野営に使う場所なのだけれども。
ある冒険者パーティーがここで一泊していたら奇妙なことが起こった。
はや日が暮れかけていたので、急ぎ野営の準備をしていたら、丘の向うにそそり立つ塔がいきなりあらわれたのだ。
宵闇迫るなか、影を塗りこめたかのような不気味な塔の出現に、これを発見したパーティーは驚きつつも舌なめずり。
しかし、夜に未知の場所へ足を踏み入れるほど無謀ではないし、もしもそんなヤツならばとうに死んでいる。
だからはやる気持ちグッとこらえて「朝を待とう」となった。
が、ようやく空が白じみだして「いざ、冒険へ!」と意気込んだところで「!」
肝心の塔が跡形もなく消え失せていたという。
あるいはこんな話もあった。
昼間のことである。
とある商隊が列をなしての移動中でのこと。
何度も行き来している辺境への道。
なのに見慣れぬ塔があったもので「なんだあれは?」と、たちまち騒ぎとなった。
こうなると気になってしょうがないので、休憩中に護衛についていた者らが「ちょっと行って、確認してくる」と向かったのだけれども……
行けども行けども、ある程度まで近づいたところで、そこから先へは近づけず。
塔との距離がちっとも縮まらない。
まるで蜃気楼のようだけれども、塔は実際にそこにあって、とても幻のようにはおもえない。
結局、辿り着くことはかなわず、引き揚げることになった。
唐突に消えたりあらわれたりするナゾの塔。
その目撃証言は以降、ぽつぽつ増えていく。
もしも未発掘の古代遺跡、あるいはダンジョンであれば大発見だ!
商業ギルドおよび冒険者ギルドは俄然色めき立つ。
耳聡い冒険者は、さっそく現地へと赴く。
すると塔が存在するのは、まず間違いないことはわかった。
けれども、やはり辿り着けないのだ。
いくつものパーティーが我こそはと挑戦するも、いまだに誰も塔に到達できていない。
〇
ナゾの塔の話を聞いて、ワガハイは興味を覚えた。
ここのところ豪奢な屋敷で、食っちゃ寝していたせいか、運動不足にてお腹まわりがちょっと気になっていたところ。
「ちょうどいいのにゃあ。どれ、散歩がてら見物に行ってくるのにゃん」
というわけで、カネコモービル・エボルヴには乗らずに、自分の足でトコトコ出向いてみたところ……
塔は本当にあった。
それもワガハイがキョロキョロと探している目の前で、さがながらツクシのごとく、いきなり地面の下からにょっきと生えた。
外観もツクシそっくり。
「う~ん、春の風物詩?」
さすがは異世界である、ツクシもデカい。
なんぞと感心しつつ、見上げながらぼんやり近づいていく。
すると、あっさり塔のふもとに到着してしまった。
「あれ? 聞いていたのと話がちがう」
そんなつもりはなかったのに……ワガハイは困惑する。
もしかしたら強く求めるほどに、その想いに反応して、相手を遠ざける魔法でもかけられていたのであろうか?
まぁ、何にせよせっかくだからと、ちょいと中を覗いてみようと考えた、あの時の自分にワガハイは「好奇心はネコをも殺すのにゃー!」と説教をしてやりたい。
後悔先に立たず。
塔の内部は階層構造になっていたものの、とくに目ぼしい物はなし。
敵もあらわれなければ、罠もない。
びっくりするぐらいにシンプルな塔である。
「にゃんだコレ? はずれ物件かにゃあ~」
ガッカリしつつも、とりあえず上まで登ってみた。
で、最上階のフロアへと到達したところで、いきなりゴゴゴときたもんだ。
どうにもイヤな予感がしたワガハイはすぐに逃げ出そうとするも、数歩進んだところでベチャっと床に這いつくばるハメになる。
いきなり衝撃がきて、上からもの凄いチカラで押さえつけられた。
まるで自分の体が鉛にでもなったかのようで、髭までへにょんとしてしまい、指一本動かせない。
――重力!
なんと! 塔そのものが飛んでいるではないか。
つまりこれは塔の遺跡なんぞではなくて、ツクシ型ロケットであったのだ。
で、話は冒頭に戻ると。
3G……4G……5G…………8G……
全身にかかる重力がさらに上昇。
それにともなってフッと意識が遠のいていく。
じきに限界を迎えたワガハイはブラックアウトに見舞われた。
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