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184 カネコと真夜中の散歩者。前編
しおりを挟むそれは不思議な光景であった。
見えている……なのに、存在をちゃんと認識できない。
ワガハイのカネコインビジブルとはちがう。周囲の景色に溶け込みカモフラージュするでなし、堂々とそこにある。
なのに、妙に存在感が希薄にて、いるかいないのかがわからない。
「影が薄いヤツってのはたまにいるけど……ここまで本格的なのは初めてだにゃあ~」
暗殺業やスパイ業にはもってこいの能力である。
そんな能力の持ち主であろう侵入者が屋敷の壁に張りついているのを、ワガハイは屋根の上からじっとながめている。
三人いる侵入者のうちのひとり――
覆面にて顔を隠しているけれども、その怪獣っぽい尻尾やら、ごつごつした体つきに装備のすき間からチラチラしている鱗より、竜人であろうことはすぐにわかったが、同じ竜人でも商業ギルドのギルド長とはまるでタイプがちがう。あちらは西洋のドラゴンを擬人化したような容姿にて。でも、こちらは東洋の龍が人の形をとったかのよう。もしかしたら女なのかもしれない。
そんな竜人の侵入者が張りついているのは、ちょうどお嬢さまが滞在している部屋の真下である。
やはり狙いは仮面の令嬢のようだ。
するとここで屋敷内の方がザワザワと騒がしくなった。
真夜中の静寂が破られた。
夜警についている騎士たちがリッチーさんからの報せを受けて、内部に入り込んでいる侵入者の存在を発見したのだろう。警備の目を掻い潜っていることからして、そちらも何らかの認識阻害の道具なり能力なりを持っているとおもわれる。
でもって、このタイミングで外の壁に張りついていた者も動き出す。
「やはり示し合わせての行動だにゃあ。あちらは陽動、こっちが本命でまちがいないにゃんねえ。だがしかーし! このグレートでワンダフルでキュートでラブリーで賢いけれども謙遜謙遜、しっかりちゃっかりしているワガハイの目は誤魔化せないのにゃあ~! というわけで、えいっ! カネコスラッシュ」
ジャキンとのばした爪にて前足をシュバッとやったら、真空の刃が対象目がけてびゅんと飛んでいく。
でも、おもいのほかに威力が大きかったもので放ったワガハイ自身が「えっ!?」
原因は爪の長さ。
ここのところ豪邸で食っちゃ寝、食っちゃ寝、たまにお嬢さまの話し相手を務めるだけという日々。準寄宿生活を過ごしており、運動量が著しく減っていた。
ろくに歩かないし、狩りもしないから、爪は伸び放題である。
その影響がカネコスラッシュに如実にあらわれたっぽい。
おかげで、まるで断頭台の刃のように、ズバンとね。
壁の表面をこそぎ落とすようにして飛んでいった真空の刃。
これに「ぎょっ!」としたのが壁に張りついていた侵入者である。さすがにこんな稼業についているだけあって勘がいい。すぐにヤバいと判断して、迷うことなく壁から離れた。
もしもわずかにでも逡巡していたら、体が二枚におろされていたことであろう。
壁から跳んで離れたことにより、カネコスラッシュを回避した侵入者。
だが宙に踊り出たことにより、その身が無防備となる。
そこへワガハイは追撃を放ってトドメをさそうとするも――
「うにゃっ!」
あわててワガハイは身を伏せた。
直後に頭上スレスレのところを何かが疾駆していく。
動きが速く、かつ夜陰にまぎれて得物の正体はわからないけれども、攻撃を受けたらしい。
侵入者の仕業だ。カネコスラッシュから逃れながらも反撃してきたのだ。
「ふぃ~あぶなかったのにゃん。余裕をかましていたら、額にグサっと刺さっていたのにゃあ」
想像以上に反応がいい。思い切りもいい。
只者じゃない。
さすがはこの警戒厳重な屋敷に少数で乗り込んでくるだけのことはある。
でも相手が悪かったな。
ワガハイが居合わせたのは運の尽き。
「というわけで、ふたたびカネコスラッシュだにゃん!」
狙うのは相手が着地する瞬間だ。
でも、ワガハイの追撃はまたもや不発に終わった。
ヒュン……ヒュン……ヒュン……
攻撃しようとしたところでカネコの耳がピクリ、拾ったのはかすかな風切り音である。
考えるよりも先に体が動く。
ワガハイはすぐさま飛び跳ねては、その場から離れた。
するとさっきまで自分がいたところを通り過ぎたのは、小型のブーメランみたいなモノ。
どうやら見た目そのままにて、これはそういう武器であったらしい。
もしも躱したと油断していたら、お尻をグサリとやれるところであった。
「だが残念だったのにゃあ、見切ったのにゃん」
ちょっとびっくりしたけれども、タネさえわかればどうということはない。
ゆえに、気を取り直してトドメをとしたところで、ふたたび聞こえてきたのがヒュンヒュンという風切り音である。
たったいま通り過ぎたはずの相手の得物が、またもや向かってくるではないか。
さりとて侵入者が新たに放ったわけではない。同じやつがクルクルと飛び回っている。ばかりか、しっかりこちらへと向かってくるではないか。
あわてて進路上から逃れようとするも、こちらの動きに合わせてあちらも動く。
よもやの自動追尾機能付き!
しかも……
「うにゃあー! いつの間にか数が増えているのにゃあーっ!」
回る刃たちに追いかけられて、ワガハイは「キャアキャア」と屋根の上を逃げ惑う。
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