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173 カネコ、乙女ゲーム編じゃない?
しおりを挟むそれはまさしく豹変であった。
男に媚びてすり寄るだけの頭の弱そうな小娘が一転してギラリ、鋭い眼光にて王妃さまへと襲いかかる。その手にはいつの間に取り出したのか、ナイフが握られていた。
あまりの変貌ぶりと絶妙なタイミングゆえに、護衛たちの反応は一瞬遅れた。
凶刃の切っ先が王妃さまに迫る。
が、当たる寸前に刃が跳ね上げられ、それたことで大事には至らず。
やったのは例の仮面の令嬢であった。
誰も動けなかった刹那のこと、スススと音もなく近寄りスカートの裾がめくれるのもかまわずに、大きく蹴り上げたのは襲撃者の腕だ。
しなやかなおみ足がちらり。
刃物を持つ手首へと尖ったヒールのつま先がめり込む。
ゴキリ――
イヤな音がした。
手放したナイフが彼方へ飛んでいき柱へと突き立つ。
蹴られたゆるふわ娘の腕は、ありえない角度にひん曲がっていた。
「ちぃいぃぃぃぃ」
ゆるふわ娘が苦虫を噛んだような表情となり、いったん後退しようとするもそれは許されない。
いつのまにかドレスの裾が床に縫い留められていた。
やったのは仮面令嬢のヒールのカカト。蹴り上げた足をそのまま振り下ろしてのことであった。がっちり踏まれて押さえられており身動きが取れない。
だからみずからビリリとドレスを破いては、強引に拘束を振りほどこうとしたところで――
斬っ!
手刀による一閃。
放ったのは仮面の令嬢にて、やられたゆるふわ娘の顔面から胸元へとかけて斜めに裂けた。
「ぎゃわっ」
漏れた苦悶の声はしゃがれており、娘のそれではない。
皮膚が引き裂かれた。とたんにプ~ンと漂ってきたのは部屋干しされたシャツの生乾きみたいなニオイである。そして破れた皮の奥から本性があらわとなった。
ギョロリとした大きな目にぼてっと厚めのくちびる。半開きの口からのぞく歯はギザギザしており、鼻はない。平たくて縦に長い顔だ。
ウロコを持つ魚っぽい顔……
破人!
どこかにあるという魔王が支配しているのがテネブラエ国。
そこのはねっ返りどもにて、世に混乱と混沌を招く者。
ゆるふわ娘の正体は特殊な加工が施された魔道具『ヒトの皮』で化けた破人であった。
大胆にもエスカリオ国の王都にまぎれ込んでは、貴族や王族に近づき、ついには王妃さまの命を直接狙った。
王弟の息子はまんまと騙されていいように操られていたようだが、それはさておき。
仮面の令嬢によって暗殺は阻止された。
そして襲撃犯の破人はというと、遅ればせながら動き出した護衛たちの手によってその場で討伐された。
当初は捕縛しようとしていたのだが、逃げられないと悟ったのか、何やら怪しげな呪文を口ずさみ、それにともなって魔力が急激に膨れ上がる気配があったもので、危険と判断されての処置であった。
胸や腹を複数の剣で串刺しにされ、首を刎ねられて息絶えた襲撃者。
骸を前にして現場は騒然となり、とてもではないが式典を続けられる状況になかったのでパーティーは中止、また日をあらためて行われることになった。
近頃、国内で出回っている危険な麻薬。
中毒性もさることながら、破壊衝動にとりつかれて暴れるばかりか、ついには体を変質させて魔獣化する恐るべきモノだ。
出処を探るうちに、辺境の城塞都市トライミングにて破人の関与が疑われていたところに、王都でも破人の存在が確認された。
一歩間違えれば、王妃さまが殺害されていたかもしれない。
王妃さまの近衛にしてもっとも信任厚き剣姫と彼女の相棒である魔剣グラムボルグが、御身を離れているタイミングで襲撃が起きたことからして、辺境と王都の事件は連動しているのでは? もしくは利用された? との見方もある。
剣姫が王妃さまの側を離れたのを好機と捉えて、凶行に及んだのかも……
〇
「……と、まぁ、こんな感じで、いま王都の方はてんやわんやでね。上は対応に追われてモメにモメてるってさ」
一連の出来事を語り終えたギルド長は肩をすくめた。
問題児の王弟の息子の処置、婚約破棄騒動と後始末、破人の暗躍の洗い出し、王妃さま暗殺未遂事件の真相究明、とやることが盛りだくさん。
ワガハイはすでにお腹いっぱい。
だが、それよりも何よりも、どうしても訊いておかねばならぬことがある。
それは……
「仮面の令嬢って何にゃん?」
話の腰を折るのも悪いからと、ここまであえて聞き流してきたけれど。
とんでもないパワーワード!
「あー、やっぱりそこに引っかかるか。じつは私も詳しいことは知らない。ウワサでは膨大な魔力を抑えるためのモノって聞いたが……。まぁ、もっとちゃんと知りたいのならば、本人に聞けばいいさ」
「へっ?」
「よろこべ、ワガハイ。おまえさん、ずっと言ってただろう? ゴロゴロ、三食昼寝付でリッチな寄宿先はないものかって。受付の連中から聞いてるぞ。
そんなワガハイくんに朗報だ。
しばらく仮面のご令嬢のお守りを頼む」
「にゃんでそうなるの!」
「何でって、ほら、中央はいまゴタゴタしているだろう。それで渦中のご令嬢はいたく心を痛めておられる……というていにて、辺境へ骨休めにくるそうな。そのお相手を頼みたい」
ワガハイに白羽の矢が立った理由は、ずばり珍生物だからである。
これが男性だと悪いウワサが立ちかねないし、よからぬ考えを起こすかもしれない。
さりとて女性だと、なかなかお眼鏡にかなう実力者がおらず、いてもみな所用で都合が悪かったりして忙しい。
ぶっちゃけ例のご令嬢には自前の護衛がついているから、必要ないといえば必要ないけれども。迎える側としては何もしないわけにもいかなくて。
さりとて人選が微妙にむずかしい。
トライミングの領主さまは「なんでウチばっかり、こうもやっかいごとが舞い込むんだ」と頭をガリガリかきむしっては、胃薬を大量にいっき頬張ってはバリボリバリボリ。
で、あれやこれと話し合いの結果……
シシガシラモドキと子どもたちから揶揄されるワガハイであれば、近くに侍らせていたとて「なんかヘンなのがいる」程度ですむんじゃないの。
というヒドイ選定理由にて、ワガハイはぎゃふん!
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