寄宿生物カネコ!

月芝

文字の大きさ
上 下
173 / 256

173 カネコ、乙女ゲーム編じゃない?

しおりを挟む
 
 それはまさしく豹変であった。
 男に媚びてすり寄るだけの頭の弱そうな小娘が一転してギラリ、鋭い眼光にて王妃さまへと襲いかかる。その手にはいつの間に取り出したのか、ナイフが握られていた。
 あまりの変貌ぶりと絶妙なタイミングゆえに、護衛たちの反応は一瞬遅れた。
 凶刃の切っ先が王妃さまに迫る。

 が、当たる寸前に刃が跳ね上げられ、それたことで大事には至らず。
 やったのは例の仮面の令嬢であった。
 誰も動けなかった刹那のこと、スススと音もなく近寄りスカートの裾がめくれるのもかまわずに、大きく蹴り上げたのは襲撃者の腕だ。
 しなやかなおみ足がちらり。
 刃物を持つ手首へと尖ったヒールのつま先がめり込む。

 ゴキリ――

 イヤな音がした。
 手放したナイフが彼方へ飛んでいき柱へと突き立つ。
 蹴られたゆるふわ娘の腕は、ありえない角度にひん曲がっていた。

「ちぃいぃぃぃぃ」

 ゆるふわ娘が苦虫を噛んだような表情となり、いったん後退しようとするもそれは許されない。
 いつのまにかドレスの裾が床に縫い留められていた。
 やったのは仮面令嬢のヒールのカカト。蹴り上げた足をそのまま振り下ろしてのことであった。がっちり踏まれて押さえられており身動きが取れない。
 だからみずからビリリとドレスを破いては、強引に拘束を振りほどこうとしたところで――

 斬っ!

 手刀による一閃。
 放ったのは仮面の令嬢にて、やられたゆるふわ娘の顔面から胸元へとかけて斜めに裂けた。

「ぎゃわっ」

 漏れた苦悶の声はしゃがれており、娘のそれではない。
 皮膚が引き裂かれた。とたんにプ~ンと漂ってきたのは部屋干しされたシャツの生乾きみたいなニオイである。そして破れた皮の奥から本性があらわとなった。
 ギョロリとした大きな目にぼてっと厚めのくちびる。半開きの口からのぞく歯はギザギザしており、鼻はない。平たくて縦に長い顔だ。
 ウロコを持つ魚っぽい顔……

 破人!

 どこかにあるという魔王が支配しているのがテネブラエ国。
 そこのはねっ返りどもにて、世に混乱と混沌を招く者。
 ゆるふわ娘の正体は特殊な加工が施された魔道具『ヒトの皮』で化けた破人であった。
 大胆にもエスカリオ国の王都にまぎれ込んでは、貴族や王族に近づき、ついには王妃さまの命を直接狙った。
 王弟の息子はまんまと騙されていいように操られていたようだが、それはさておき。

 仮面の令嬢によって暗殺は阻止された。
 そして襲撃犯の破人はというと、遅ればせながら動き出した護衛たちの手によってその場で討伐された。
 当初は捕縛しようとしていたのだが、逃げられないと悟ったのか、何やら怪しげな呪文を口ずさみ、それにともなって魔力が急激に膨れ上がる気配があったもので、危険と判断されての処置であった。

 胸や腹を複数の剣で串刺しにされ、首を刎ねられて息絶えた襲撃者。

 骸を前にして現場は騒然となり、とてもではないが式典を続けられる状況になかったのでパーティーは中止、また日をあらためて行われることになった。

 近頃、国内で出回っている危険な麻薬。
 中毒性もさることながら、破壊衝動にとりつかれて暴れるばかりか、ついには体を変質させて魔獣化する恐るべきモノだ。
 出処を探るうちに、辺境の城塞都市トライミングにて破人の関与が疑われていたところに、王都でも破人の存在が確認された。

 一歩間違えれば、王妃さまが殺害されていたかもしれない。
 王妃さまの近衛にしてもっとも信任厚き剣姫と彼女の相棒である魔剣グラムボルグが、御身を離れているタイミングで襲撃が起きたことからして、辺境と王都の事件は連動しているのでは? もしくは利用された? との見方もある。
 剣姫が王妃さまの側を離れたのを好機と捉えて、凶行に及んだのかも……

  〇

「……と、まぁ、こんな感じで、いま王都の方はてんやわんやでね。上は対応に追われてモメにモメてるってさ」

 一連の出来事を語り終えたギルド長は肩をすくめた。

 問題児の王弟の息子の処置、婚約破棄騒動と後始末、破人の暗躍の洗い出し、王妃さま暗殺未遂事件の真相究明、とやることが盛りだくさん。
 ワガハイはすでにお腹いっぱい。
 だが、それよりも何よりも、どうしても訊いておかねばならぬことがある。
 それは……

「仮面の令嬢って何にゃん?」

 話の腰を折るのも悪いからと、ここまであえて聞き流してきたけれど。
 とんでもないパワーワード!

「あー、やっぱりそこに引っかかるか。じつは私も詳しいことは知らない。ウワサでは膨大な魔力を抑えるためのモノって聞いたが……。まぁ、もっとちゃんと知りたいのならば、本人に聞けばいいさ」
「へっ?」
「よろこべ、ワガハイ。おまえさん、ずっと言ってただろう? ゴロゴロ、三食昼寝付でリッチな寄宿先はないものかって。受付の連中から聞いてるぞ。
 そんなワガハイくんに朗報だ。
 しばらく仮面のご令嬢のお守りを頼む」
「にゃんでそうなるの!」
「何でって、ほら、中央はいまゴタゴタしているだろう。それで渦中のご令嬢はいたく心を痛めておられる……というていにて、辺境へ骨休めにくるそうな。そのお相手を頼みたい」

 ワガハイに白羽の矢が立った理由は、ずばり珍生物だからである。
 これが男性だと悪いウワサが立ちかねないし、よからぬ考えを起こすかもしれない。
 さりとて女性だと、なかなかお眼鏡にかなう実力者がおらず、いてもみな所用で都合が悪かったりして忙しい。
 ぶっちゃけ例のご令嬢には自前の護衛がついているから、必要ないといえば必要ないけれども。迎える側としては何もしないわけにもいかなくて。
 さりとて人選が微妙にむずかしい。
 トライミングの領主さまは「なんでウチばっかり、こうもやっかいごとが舞い込むんだ」と頭をガリガリかきむしっては、胃薬を大量にいっき頬張ってはバリボリバリボリ。
 で、あれやこれと話し合いの結果……
 シシガシラモドキと子どもたちから揶揄されるワガハイであれば、近くに侍らせていたとて「なんかヘンなのがいる」程度ですむんじゃないの。
 というヒドイ選定理由にて、ワガハイはぎゃふん!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...