寄宿生物カネコ!

月芝

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172 カネコ、乙女ゲーム編スタート。

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 南の隣国でのあれやこれ。
 連絡を受けて駆けつけた連合軍の先遣隊への引継ぎをすませたところで、ワガハイたちはお払い箱……げふんげふん、失礼。
 もといお役御免となり、ようやく帰路についた。
 で、報告がてら冒険者ギルドのギルド長のもとを訪ねる。

「ただの物見遊山だったはずなのに、えらい目に合ったのにゃあ。心も体もちっとも休まりゃしない」

 休暇がメインでおまけの偵察業務だったはずが、途中からガッツリお仕事。コツコツ貯め込んでいたお肉も大放出にて、すっからかん。
 いちおう食料を配給するときに「カネコ、カネコ、かわいいカネコ、ステキなカネコ、愉快なカネコ。家内安全、無病息災、しあわせを運ぶ寄宿生物カネコ、ご所望の方は城塞都市トライミングの冒険者ギルドにご一報くださいにゃん」と宣伝はしておいたけど。

 話がちがうとワガハイがぷつぷつ文句を言っていたら、ギルド長が「こっちはこっちでたいへんだったんだぞ」と負けずに愚痴り返してきた。

「へ~、なにかあったのかにゃあ?」
「あったぞ。それもけっこう特大級のが」

 とはいっても、ここではなくて中央の都の方で。
 いったい何が起きたのかといえば王妃暗殺未遂事件というから、ワガハイのしっぽもおもわずピンと立つ。
 事件が起きたのは、タイミング的にワガハイがえらい学者先生と共に南へと向かってすぐのこと。
 ちなみに事件の概要は以下の通りにて。

  〇

 エスカリオ国の王都には貴族の子息子女らが通う全寮制の学園がある。
 頼りになる教師陣、確かな実績、充実の設備とカリキュラム、けっこう優秀にて周辺国からも王族や高位貴族の身内が、わざわざ留学にやってくるほど。

 そんな学園の卒業記念パーティーの席で事件は起きた。
 これから本格的に貴族社会という荒海に乗り出す若人ら。
 彼らの前途を祝福するだけでなく、決起集会の意味を持つ大切な式典の場にて――

「キサマのような口うるさいだけの性悪な仮面女なんてもううんざりだ! いま、この時をもって、おまえとの婚約を破棄する!」

 めでたい門出の席で、いきなりトチ狂った発言を堂々としたのは王弟の息子である。
 かたわらには、いかにも男性受けが良さそうな、ピンク髪のゆるふわな娘の姿もあった。

 公衆の面前での罵倒と婚約破棄。
 ひどい話だ。
 やった方は気分がいいかもしれないが、やられた方はたまったものじゃない。
 面子丸潰れにて、とんだ赤っ恥である。ましてやそれが、うら若き乙女の身となればなおのこと。あんまりな仕打ちにてショックのあまり卒倒したとておかしくない状況だ。
 さぞや屈辱と羞恥にて打ち震えていることかとおもいきや……

 婚約破棄を言い渡された仮面の令嬢は「よし!」
 腰の脇で拳をグッと握りしめては、控えめながらも喜びを表明していた。
 でもって、この場面を目撃することになったパーティー参加者らの大半も「でしょうね」とウンウンうなづく。
 なぜならこんな場所で、こんなマネを仕出かしちゃうことからもお察しのとおり、王弟の息子はとっても残念な人物であったから。
 誇るべきは家柄だけ。在学中のやらかしを数えたら、両手両足の指をすべて使ったとしてもとても足りやしない。

 そんな問題児……もとい男の婚約者に選ばれてしまったことこそが仮面令嬢の不運。ちなみに婚約は王族側からのたっての希望にて。
 なお仮面令嬢の方は品行方正、学業優秀にて、在学中はずっと首位を維持するほどの才媛であった。
 ふつうならば三顧の礼をもって嫁に迎え入れたいほどの逸材である。
 でも王弟の息子にとっては、それもまた気に入らなかったらしい。

 ことあるごとに周囲からは婚約者と比べられて、「少しは彼女を見習え」と叱咤される。
 加えて彼女がずっと被っている仮面もまた腹立たしい。
 あんまりにもうっとうしいから「はずせ!」と命じても、相手はツーンとそっぽを向いて無視するばかり。「このやろう!」とぶち切れて強引に取り上げようと詰め寄れば、軽くあしらわれて尻もちをつかされる。
 仮面令嬢は学問だけでなく武術にも秀でていた。

 何もかも婚約者より劣っていた王弟の息子はコンプレックスをこじらせまくって、ついにはこのような暴挙におよぶ。
 なのに当人はそのことにまったく気がついていない。
 ゆるふわな娘の腰を抱き、人目もはばからずにイチャコラしているのだから度し難い。

 などの内訳はともかくとして。
 突然の婚約破棄騒動に式典会場はザワザワザワ。
 そのタイミングで入場してきたのが王妃さまであった。本日は忙しい王さまにかわって卒業生らに祝辞を述べるための参加であったのだけれども。

「……これはいったい何事ですか?」

 スッと目を細める王妃さま。
 淡々とした声音ながらも、そこに込められた怒気により、会場はたちまちシ~ンと静まり返った。
 にもかかわらず、やはり当事者だけがそのことに気づかない。
 どうやら王弟の息子には家柄以外にも優れた点があったようだ。
 それは鈍感力である。
 ここまで空気が読めないのは逆にすごい。

 王弟の息子はゆるふわな娘を連れて王妃さまの御前へと。
 そして「伯母上、オレはついに真実の愛をみつけた」とかのたまうものだから、さしもの王妃さまもすっかり呆れ顔となってしまう。
 さらには許可も与えていないのに、ズイと前へと出てはカーテシーをしたのは、ゆるふわの娘である。
 仕草こそはそれっぽいが、下位の者から上位の者へ声をかけるのはマナー違反である。
 貴族社会では常識、その程度のこともわきまえていないのかと、王妃さまは扇子で口元を隠しながらついタメ息を零してしまう。
 周囲からも失笑が聞こえ、場もしらけ、悪い意味で緊迫していた空気もフッと緩んだ。

 だがその瞬間のことであった。
 顔を伏せてお辞儀をしていた娘がいきなりガバっと面をあげたとおもったら、いきなり王妃さまへとに躍りかかったのである!


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