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161 カネコ、うつうつ。
しおりを挟む国境にある廃砦での一夜は、とくに何事もなく過ぎた。
翌早朝、日の出前にワガハイたちは出立する。
べつに急ぐ旅ではないが、さりとてのんびりしたい旅でもない。
スぺリエンスへ入国――
道は……長らく手入れがされていないらしく荒れ放題にて。これならば道の脇を通ったほうがマシである。
ブロロロロ……
赤茶けた乾いた大地に響くゴーレム駆動の音。
不意にカサカサと前方を横切るものがあった。
ヘッドライトの灯りに照らされたのは、吹く風によって転がる枯草の玉――タンブルウィードだ。それ以外には動くモノは何もない。
ムシの声すらもしない荒野。
じきに東の空が白じみだした。
夜明けだ。
彼方にて昇る朝陽、その輝き、届く光だけは美しい。
でも……
「な~んもないにゃんねえ」
「雑草すらもロクに生えていないとは……」
あまりの光景にえらい学者先生も「ハァ」と嘆息する。「もともと痩せた土地ではあったが、それでも以前はここまで酷くはなかったのじゃがなぁ」
疑似スタンピードだけではこうはならない。
家主がやさぐれれば家の中や外観も荒れるように、土地もまたしかり。
歴代の愚王の影響が根底にあるとおもわれる。
完全に夜が明けたので、ワガハイはヘッドライトを切った。
空は青くていい天気。
なのに飛ぶトリの姿とてなく、まるでこの地域を避けているかのよう。
地はあいかわらず荒涼が延々と続き寒々としている。
眺めているだけでテンションがダダ下がり。
そのうちに会話も途絶えて、黙々とカネコモービル・エボルヴを走らせる。
意気軒昂なのはゴーレム駆動を担う小さなゴーレムたちと、後輪が巻き上げる土煙のみだ。
〇
「すまんが、ちょっと止まってくれ」
助手席のえらい学者先生が言った。
ワガハイばブレーキをムギュっと握る。あぁ、カネコモービルはリムブレーキも採用しているから。これはママチャリでお馴染みのブレーキだ。レバーをギュッと握ったら、ブレーキシューなるパーツが両サイドから車輪を挟み込んで回転を止める、もしくは緩めることで停車する仕組み。
ちなみに燃料はワガハイの魔力である。無駄にあり余っているカネコの膨大な魔力量があってこその、この快適な走りなのだ。
キキーッと停車。
えらい学者先生が窓に額をつけてはにらんでいたのは、東の方。
地面が波打っているように映るのは、ゆるやかな丘陵地帯だ。その向うにちょこんと飛び出ているのは……煙突か。
「街?」
「……いや、たぶん辺境の開拓村だろう。とりあえず行ってみよう」
とくに用事があるわけではないけれど、もしも誰かいたらこの国の情報をてっとり早く入手できるかもしれない。
などと考えたのだけれども……
「うわ~、ヒドイのにゃあ~、くちゃくちゃなのにゃあ~」
たしかに村はあった。
けど、ほとんど原型を留めていない荒廃っぷり。
かつては村を囲んでいたであろう壁は、あらかた薙ぎ倒されており、いまや柱が数本ばかり虚しく残るのみ。
いちおう空堀もあったが深さが足りずに、ほとんど役に立たなかったのだろう。
家々はすべてくちゃりと倒壊しており、まともなのはひとつもない。
崩れた石壁、その表面に刻まれた爪痕からして、魔獣の仕業とおもわれる。
「どうやら森の魔獣どもの大移動のあおりをモロに受けたようじゃな」
それなりに守りは固めていたようだが、津波のように押し寄せる大群の前には成す術もなかったようだ。
なお遠くから視認できた煙突は鍛冶屋のモノであった。
斜め四十五度に傾いており、根元に穴もあいているから、ほどなくしてこれも倒れてしまうだろう。
当然ながら村は無人だ。
白骨死体のひとつもありゃしない。
おそらくは根こそぎやられたのだろう。
ワガハイたちは下車し、歩いて村内をぐるりと見てまわる。
途中、道ばたに片腕がもげた人形が落ちていた。
素朴な造りだ。おそらくは母親の手縫いだろう。
これで遊んでいた持ち主がどうなったのかなんて、想像にかたくない。
それを拾って表面についた土埃を優しく払いながら、えらい学者先生は「むごいことじゃ」とつぶやく。
絶望のうちに散った幼い命。
さぞや怖かったことであろう。
人形の持ち主の冥福を祈りつつ、ワガハイたちは廃村をあとにした。
でも、これはあくまで始まりにすぎなかった。
王都がある方角へと進んでいくと似たような……あるいはよりヒドイ光景が続くもので、ワガハイたちはうつうつ。
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