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138 カネコがドボン。
しおりを挟む幻想的な地底湖のほとりで「よよよ」
袖で顔を隠しながらすすり泣く女。
……うさん臭い。
だからみんなで気づかなかったことにしようとしたら、「おーいおいおいおい」
これみよがしに声の音量がアップした。
さすがに居たたまれなくなったのか、魔剣が『おい、おまえ、ちょっと行ってこいよ』なんぞと余計なことを言い出したもので、ワガハイはしぶしぶ「へい、そこのお嬢さん、何をそんなに悲しんでいるんだいベイベー」と声をかけるハメになってしまった。
女はあいかわらず袖で顔を隠したまま泣いている。
が、さめざめと泣きながら答えたところでは……
「じつは、母の大切な形見の櫛(くし)を湖のなかに落としてしまったのです。あぁ、どうしたら……」
だからワガハイは岸辺から水面をのぞき込んでみたのだけれども、いやはや驚いた。
何に驚いたのかって、湖の深さと水の透明度の高さにである。
めちゃくちゃ深くて奥の方までずーっと透き通っている。
眺めていると吸い込まれそうな感覚に襲われる。
清涼なる碧の深淵。
ちらちら横切っている魚群は養殖されている魚たちかしらん。
そして肝心の櫛なのだが、とっくに沈んでしまったらしく、どこにもそれらしいモノは見当たらない。もっとも発見したとて、ここからサルベージするのはムズカシイのではなかろうか?
なんぞと考えていたら…………いきなり、ドン!
「うにゃっ!」
背中を押されたワガハイはドボンと湖に落ちた。
――ギャッ、水がちべたい!
突然のことにあわてふためき、ワガハイはバシャバシャしながらも「何をするのにゃん!」とねめつけ抗議するも、その時のことである。
女の隠していた顔があらわとなった。
あらまぁ、色白のべっぴんさんだ。それも目の醒めるような……色っぽい、いかにも男をダメにするような感じの。
けれども、問題はそこではない。
ワガハイを「んなっ!」とビックリ仰天させたのは、そんな女の顔がにゅうっと黒いナマズのソレに変わってしまったから。
心に受けた衝撃と湖に落ちたあせりと、準備運動もしないで冷たい水にいきなり放り込まれたことにより、右のうしろ足がピーンとつったワガハイは「アイタタタタタ……がぼがぼがぼ」
カネコ溺れる。
それでもひっしに前足を動かす。生き残るべくプライドをかなぐり捨てて、ネコッっぽいけど懸命にイヌかきをし、どうにか岸へと近づこうとする。
だが、そんなワガハイの努力をあざ笑うかのようにして、いや事実、女は「ほほほ」と嘲笑しながら、まるで逃がしてなるものかとばかりに上からのしかかってきたものだから、たまらない。
ナマズ女のジャンピングボディプレスを受けて「ぐえっ」
ワガハイは水中へと沈んでいく。
当然ながらワガハイは溺死なんてごめんなので、水上を目指そうとするも、そうはさせじと女がまとわりついてきて離れない。
抱きつかれたとたんに、グンと女の身が重たくなった。
泡沫が視界を埋め尽くし、たちまち水面が遠のく。
この女、見た目通りの重さじゃない。まるで重たい鉄の塊のようだ。
重石をつけたワガハイの体が水底へと引きずり込まれていく。
ゴボッ、ゴボゴボ、ゴボボボボ。
じたばたしているうちに、鼻や口からどんどん酸素が失われていく。
さすがに息が苦しくなってきたので、ワガハイは魔法を発動した。
水と風の合わせ技――フルフェイスの水中ヘルメットもどきを作成、これは簡易型潜水服にて装着することで呼吸が確保され、水中での長時間行動が可能となる。
そうしてワガハイが体勢を整えていると、いつのまにやらナマズ女が離れていた。
どこにいったのかとキョロキョロ探せば、視界の隅を大きな魚影がかすめる。
「アレは何にゃ!?」
ギョギョギョ! かなり大きい。
マグロどころか、ちょっとしたクジラほどもあるではないか。
黒くぬめっとした肌、長い髭と大きな口、頭が大きく尾びれへと向かうほどに尻すぼみな体形をしていおり、全体のフォルムが地図アプリの『ココ』マークに似ている。
よくよく見てみたら、それは巨大なナマズであった。
ゆらりと周遊しつつ狙うは、もちろんワガハイだ。
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