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132 カネコ、骸に惑う。
しおりを挟むちょっとちょっと、そこの奥さんってば事件ですよ!
女神フロディアのシークレットライブに腐りかけの骸の山。
う~ん、これはさすがのワガハイでも手には余る。
というわけで、さっさと逃げ帰ってかき集めた証拠品ともども、当局にポイっと丸投げした。
この報告を受けて環境課は「なんてこったい!」と頭を抱え、行政府は上から下まで蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、当局もすぐに捜査本部を立ち上げ本格的な調査へと乗り出す。
そして一連の調査が落ちつくまでは、下水道の清掃活動もいったん中止となったもので、ワガハイはしばしお役御免となりにけり。
十日後――
いつものようにギルドに顔を出し、馴染みの受付のおっさんとダラダラしゃべっていたら。
「おいワガハイ、ギルド長が呼んでるぞ」
別の職員のおっさんから告げられた。
で、さっそくギルド室へ参上すれば、教えられたのは例の件にかんして判明したことであったのだけれども。
「かなりやっかいなことになっているぞ」
ギルド長は開口一番そう言った。
「どっちがだにゃあ?」
アロセラ教団の地下活動、それともコロコロデイルの巣の問題。
「どっちかじゃない。どっちも、だ」
ギルド長が眉間に寄ったしわを指先でほぐしながら、忌々しそうに語ったところによると……
まずはアロセラ教団の方なのだけれども。
持ち帰った黒革のカバンに入っていた書類より、信仰による侵攻が着実に進んでいることが明らかとなった。
どうやら城塞都市トライミングだけでなく、他所でも同時多発的に地下活動を行っているらしい。そして類人の若者たちを中心にしてじんわり浸蝕している。
トライミングが所属するエスカリオ国は多民族国家だ。
人語を理解し意思の疎通がとれる者には広く門戸を開けており、きちんと納税さえしていれば法で各種権利を認めている。
エスカリオ国が主に信奉しているのはスミテルア教だが、いろんな人種が集うがゆえに信仰の自由を承認せざるをえない。
否定や拒絶ではなく受容の精神をこそ尊ぶ。
多様性を受け入れる気質、お国柄こそが、この国の最大の魅力なのだけれども、それを逆手にとってアロセラ教団は暗躍を続けている。
宗教問題のやっかいなところは、叩けば叩くほどに勝手に盛り上がる変態マゾ気質なところだ。
加えてお風呂場の黒カビのごとく、とにかくしつこい。お掃除してもお掃除しても、しばらくしたらまたひょっこりあらわれる。
根絶するのには物理的に根切りにするしかない。
だが、それならそれで「殉教だぜ、いえ~い!」と浮かれるから困りもの。そしてさらに地下へと潜っては蠢き続ける。
「世の中、見る目がないバカばっかりだな。クソビッチなんぞにたぶらかされやがって。あんなののどこがいいんだか、わたしは理解に苦しむね。
ったく、いい女ならば他にいくらでもいるだろうに」
ぶつくさ文句を言ってはピンク髪のギルド長がない胸をそらす。
空気の読めるワガハイは「えっ、どこに?」なんて、もちろん言わない。
「まったくもって、ギルド長のおっしゃるとおりですにゃあ」とモミ手でヘコヘコ。
すると気をよくしたギルド長は話を続ける。
「まぁ、教団の連中が迷惑なのはいまに始まったこっちゃねえ。問題はもうひとつの方だ。こっちはマジもんでやべえぞ」
下水道にて異常な成長を遂げたコロコロデイルが、せっせと貯め込んでいた大量の骸たち。
検死解剖の結果、どれにも生活反応はナシ。
つまりコロコロデイルが襲って殺したのではなくて、下水道に遺棄されていたのをヤツが拾い集めたということ。
あの育ち具合からして、いままでどれぐらい食べてきたことやら。
そしてその成長を支えるほどの肉を捨てたバカは、どこのどいつだ? という問題も頭が痛いところ。
都市の闇は相当に深い。
「これだけの都市ともなればいろいろあらぁな。ここのところ人の出入りも増えているし。冒険者稼業なんかしていたら、いきなりいなくなることなんてしょっちゅうだ。
流れ者のひとりやふたり行方不明になったところで、誰も気にしやしねえ」
なんぞとギルド長は物騒なことをさらりと口にする。
だからこそ日頃の付き合い、ギルドや同輩との繋がりが大事と説かれて、ワガハイはコクコクうなづく。
「でだ……回収された死体のなかには、あきらかに事件性のある損壊やら、薬物の反応があるのも混じっていてな。
問題なのは、そのなかにやっかいな身元の者が含まれていたことだ」
ギルド長が指を四本立てる。
「四人だ。うち四人が国の間諜なのが判明した」
この国では個人情報はレジメ板なる魔道具を通じて、絶えず集積されている。
個々の魔力の波形も把握されている。これはいわばDNA情報みたいなもの。
骸に残ったわずかな魔力の残滓から、犠牲者の身元を特定しようと中央に問い合わせたところで発覚したそうな。
間諜が辺境をうろつくこと自体は珍しいことじゃない。
そうやって国内外の情報を集めるのも彼らのお仕事。
でも、間諜ばかりが四人も立て続けに死んでいるのは、偶然で片付けるのにはいささかムリがある。
四人も間諜を送り込んでまで調べるべき案件があったのか?
あるいは送り込んだ端から消えていくから、さらに送ったのか?
間諜の存在をうとんじ、始末した者がいる?
まったく身に覚えのない行政府は、かなり動揺しているらしい。
「ひと波乱が起きるかもしれない」
ギルド長の言葉にワガハイはゴクリとツバを呑み込んだ。
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