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115 カネコ、初心に帰る。
しおりを挟む道端に放置されてあった木箱のなかで、幼女とウトウト。
のんべんだらり、まったりお昼寝中。
じつにネコらしい優雅なひと時を過ごすカネコ。
たまにはこんな日があってもいいだろう。
というか、ここのところあくせく働き過ぎた。
ぶっちゃけ懐はずいぶんと潤っている。収入が支出を大きく上回っているので貯まる一方だ。口座残高がえらいことになっている。けっして楽をして稼いだわけではないけれど、ポコポコ増える零が、増殖する数字が、なんだか薄気味悪い。
そんな風に感じるワガハイがおかしいのだろうか?
食うにはまったく困らない。その気になれば都市内に一戸建てだって買えるし、高級宿に連泊するのだって余裕だ。
――だが、断る!
なぜなら、それは寄宿生物カネコのすることではないからだ。
軒を借りて母家に我が物顔で居座る。おんぶに抱っこにて自らはけっして動かず、しっぽも振らず、家主の出迎えもせず。他人の銭で飲食をしては、ゴロゴロ過ごす。
不撓不屈(ふとうふくつ)の精神を持ちて、馬耳東風を貫き、どれだけ「さっさと出ていけ!」「このごくつぶし!」と蔑まれ罵られたとて「やだもん!」とダダをこねては微動だにしないこと山のごとし。
それこそがカネコにとっての闘争にして至福。
自分で稼いだ金で豪遊するのはちがう。それじゃあダメなのである。
ちっとも満たされないのだ……ココロが。
むしろやればやるほどに虚しくなってくる。腹はポコンと膨れても満足することはない。魂がより強く渇望するのだ。同時に「おいおい、このふにゃふにゃ小僧め。それが誇り高き寄宿生物のすることなのかい?」との自責の念に苦しめられる。
なのに実態はどうだ?
お呼びとあらば即参上、どんなガンコなヨゴレもピッカピカ! な掃除のエキスパートと化しつつある。畑に行けば害獣指定を受けているグリモグとガラケーの駆除業者扱いされちゃうし。たまに冒険者らしく壁の外に出たら、だいたいロクな目に合わない。
己の境遇をふり返り、ワガハイは嘆息する。
「どうにもままにゃらぬものにゃんねえ……にしても、これでミャウミャウ鳴いたら、まんま捨てネコだにゃん」
イメージとしては、ダンボール箱に入れられて捨てられている子ネコちゃん。
あの胸の奥をキューッと締めつけられる切ない姿。
おおいに罪悪感と保護欲を刺激する声。
小雨とか降っていたら演出効果がさらにアップして破壊力が増すのだが、あいにくと本日は晴天ナリ。
それでも物は試しである。
ワガハイ、ちょっと鳴いてみた。
「ミャウミャウ、かわいいカネコはいらんかね~。
いるだけで大願成就、家内安全、千客万来、商売繁盛、金銭運アップで恋愛運もグングン上昇……しちゃうかもしれない。
お子さんの情操教育にも最適。ぜひお求めくださいだにゃあ」
たんに鳴いて訴えるだけでは芸がない。
そこで前世の頃に鍛えたセールストークを添えてみた。
誰かに拾ってもらえたらラッキー。
人外に異世界転生をしてからこっち、ずっと駆け抜けてきた。ここいらでいったん立ち止まり、寄宿生物として初心に帰るのも悪くない。
とか考えていたのだけれども、そうそう都合よくはいかないらしい。
道行く人々から返ってきたのは、「よよよ、なんて不憫な」「かわいそうに」「うちの子になるかい?」などという優しい声ではなくて、「何言ってんだ、コイツ」「何やってんだ、コイツ」「何考えてんだ、コイツ」という疑問の声と奇異の目ばかり。
もしくは、サッと顔をそらしてそそくさと通り過ぎていく。
あと物乞いとかんちがいをされたのか、チャリンと銅貨を投げ込まれたりもした。
〇
「うう~ん」
日が傾いてきた頃、寝ていた幼女が目を覚ます。
なので捨てネコごっこ遊びもお開きとなった。
ついでだから「家まで送るのにゃあ」と気を利かせたら、幼女は首を振る。
「いらない。だっておかあさんがいってたもの。あんいにじたくとかのこじんじょうほうをおしえちゃいけないって」
そう言うと幼女はさっさと帰っていった。
一見無防備にみえて、幼女はとてもしっかりしていた。
あわよくば幼女宅にあがり込み、お茶をごちそうになったり、夕食のご相伴にあずかろうというワガハイの目論みはうまくかわされる。
しょうがないのでワガハイはトボトボ、恵んでもらった銅貨数枚を握りしめて屋台街へと向かった。
その夜、食べた串焼きの肉はちょっとだけしょっぱく感じられた。
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