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090 カネコ、空飛ぶクジラを見た。
しおりを挟むその日、屋外に出ていた城塞都市トライミングの住人たちはみな立ち止まり、空を見上げて口をあんぐりした。なかには本当にアゴがはずれたり、入れ歯をポロリとした者もいた。
ぐぅおん、ぐぅおん、ぐぅおん、ぐぅおん……
腹の底に響くような独特の駆動音をさせて、クルクルと回っていたのは四基のプロペラたち。
座薬のような……コホン、失礼。
もとい魚雷の形をした合金製のシルバーボディが、陽光を受けてきらめいている。
まるで空飛ぶクジラのような威容を誇っていたのは、グランシャリオ国が所有している飛行船アンフィニだ。現在は勇者一行の足として貸し出されている。
飛行船の存在は知っていても、実物を目にする機会はそうそうない。ましてや辺境ではさらに少ないであろう。
住人たちの大多数が、初めて目にする空飛ぶ乗り物に度肝を抜かれた。
ばかりか、なかには魔獣とかんちがいしてあわてる者もいて、そこかしこでパニックが起きる。騒動をなだめるのに都市内の警備を担当している衛士隊が奔走するハメになった。
飛行船が都市の上空をゆっくりと周遊している。
まるで示威行為、己の姿を誇示するかのようだがじつはそうじゃない。
都市の上空には防衛のための結界が張ってある。それが解除されるのを待っているのだ。あとは地上からの指示を受けて、着地点の確認をしている。
やがて準備が整い、飛行船が向かったのは演習場のところ。
衛士隊の訓練で使われる場所で、あいにくと壁のなかではここぐらいしか停留できる場所がなかった。
あらかじめそのことを知っていたワガハイは、すでに演習場にいる。
隣には冒険者ギルドのギルド長の姿もあった。他にも数名、職員が随行している。クジ運悪く、勇者係を引き当ててしまった者たち。みな表情は硬い。
「空からとは、これまたずいぶんと派手な登場にゃんねえ」
降下を開始した飛行船を眺めつつ、ワガハイは率直な感想を口にした。
「ふ~ん……そのわりには、おまえはあまり驚いているようには見えんがな」
ギルド長の言葉に、ワガハイはギクリ!
魔道具のレジメ板を通して、こちらの素性や能力はあらかた把握されているけれども、転生や転移についてはまだバレていない。レジメ板でもそこまではわからないようだ。
とはいえ明かしたところで、やっかいごとに巻き込まれるだけだろう。
そう考えてワガハイは、自分が転生者であることを誰にも話していない。そして転生者であるがゆえに、飛行船を前にしてもさほど驚かず。
この態度をギルド長は訝しんだようである。
「いや、これでも充分に驚いているのにゃあ。あんまりにもビックリし過ぎて、逆にスンとなったというか」
ワガハイはあわてて誤魔化す。
さいわいなことに、ギルド長はそれ以上追求してくることはなかった。
そうこうしているうちに、ついに飛行船が着陸した。
〇
ロープで船体が地上に固定され、プロペラも停止する。
機体下部のゴンドラ――人が乗っているところ――の扉が開き、真っ先にタラップを降りてきたのは、真っ赤な棍(こん)を手にした革鎧姿の類人の女性だ。
いかにも武道家っぽいけど、魔法使いである。
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その棍もただの武器ではない。魔力の伝導率や増幅率に優れた品にて、魔法発動の補助具としての意味合いもある。
続いて降りてきたのは、柄の先端に重量のあるイガイガをつけたメイスなる武器を手にした、これまた革鎧姿の山人の女性だ。
また魔法使い? とワガハイが首をかしげていたら「あれは賢者だ」とギルド長が教えてくれた。バフとかデバフなど、敵を弱体化したり味方を強くしたりする魔法を専門に扱う魔法使いとのこと。
三番手は、白銀の甲冑姿も勇ましい森人の女騎士であった。
某歌劇団でも主役が張れるであろうルックス、男装の麗人という言葉がしっくりくる。
でも見てくれだけでないのは、その所作やたたずまいからわかる。
相当にデキる。剣をとっては一騎当千の猛者だ。
四番手は修道服姿の類人のシスター?
ではなくて、「アロセラ教団の聖女だな」とギルド長。
肉感的な体つきながらも、つねに笑みを絶やさず温和そうな女性である。
言われてみると、たしかに聖女っぽいかも。
だがしかし――
「あいつにはとくに気をつけろ。けっして気を許すな。油断していると尻の毛までむしりとられるぞ」
とギルド長は語気を強めた。
言われてワガハイも、ハッ!
危ない危ない。そうなのだ。いくら見てくれがよかろうとも、彼女はアロセラ教団の関係者である。
上から下まで漏れなく腐っているあの集団に所属している時点で、きっと腹黒でドロドロのはず。
要注意人物である。
ワガハイはギルド長の忠告を肝に銘じておく。
そしていよいよラスト、大トリを飾るのは勇者さま。
なんだけど……ぶっちゃけ五人のなかで一番華がない。
というか完全にモブ顔である。
始まりの村の村人Aという役柄が、これほど似合う者もいないだろう。
というぐらいのキング・オブ・モブだ。
モブ顔の勇者は、古き良きRPGの主人公のごとき格好をしていた。
これがまた似合っていない。衣装負けしており下手なコスプレのよう。
そんなモブ顔の勇者さまだが、ズルっと階段を踏み外した。タラップを転げ落ちていく。
見応えのある豪快な階段落ちであった。
なお下にいた聖女は、サッと身を避けて無事だった。
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