90 / 254
090 カネコ、空飛ぶクジラを見た。
しおりを挟むその日、屋外に出ていた城塞都市トライミングの住人たちはみな立ち止まり、空を見上げて口をあんぐりした。なかには本当にアゴがはずれたり、入れ歯をポロリとした者もいた。
ぐぅおん、ぐぅおん、ぐぅおん、ぐぅおん……
腹の底に響くような独特の駆動音をさせて、クルクルと回っていたのは四基のプロペラたち。
座薬のような……コホン、失礼。
もとい魚雷の形をした合金製のシルバーボディが、陽光を受けてきらめいている。
まるで空飛ぶクジラのような威容を誇っていたのは、グランシャリオ国が所有している飛行船アンフィニだ。現在は勇者一行の足として貸し出されている。
飛行船の存在は知っていても、実物を目にする機会はそうそうない。ましてや辺境ではさらに少ないであろう。
住人たちの大多数が、初めて目にする空飛ぶ乗り物に度肝を抜かれた。
ばかりか、なかには魔獣とかんちがいしてあわてる者もいて、そこかしこでパニックが起きる。騒動をなだめるのに都市内の警備を担当している衛士隊が奔走するハメになった。
飛行船が都市の上空をゆっくりと周遊している。
まるで示威行為、己の姿を誇示するかのようだがじつはそうじゃない。
都市の上空には防衛のための結界が張ってある。それが解除されるのを待っているのだ。あとは地上からの指示を受けて、着地点の確認をしている。
やがて準備が整い、飛行船が向かったのは演習場のところ。
衛士隊の訓練で使われる場所で、あいにくと壁のなかではここぐらいしか停留できる場所がなかった。
あらかじめそのことを知っていたワガハイは、すでに演習場にいる。
隣には冒険者ギルドのギルド長の姿もあった。他にも数名、職員が随行している。クジ運悪く、勇者係を引き当ててしまった者たち。みな表情は硬い。
「空からとは、これまたずいぶんと派手な登場にゃんねえ」
降下を開始した飛行船を眺めつつ、ワガハイは率直な感想を口にした。
「ふ~ん……そのわりには、おまえはあまり驚いているようには見えんがな」
ギルド長の言葉に、ワガハイはギクリ!
魔道具のレジメ板を通して、こちらの素性や能力はあらかた把握されているけれども、転生や転移についてはまだバレていない。レジメ板でもそこまではわからないようだ。
とはいえ明かしたところで、やっかいごとに巻き込まれるだけだろう。
そう考えてワガハイは、自分が転生者であることを誰にも話していない。そして転生者であるがゆえに、飛行船を前にしてもさほど驚かず。
この態度をギルド長は訝しんだようである。
「いや、これでも充分に驚いているのにゃあ。あんまりにもビックリし過ぎて、逆にスンとなったというか」
ワガハイはあわてて誤魔化す。
さいわいなことに、ギルド長はそれ以上追求してくることはなかった。
そうこうしているうちに、ついに飛行船が着陸した。
〇
ロープで船体が地上に固定され、プロペラも停止する。
機体下部のゴンドラ――人が乗っているところ――の扉が開き、真っ先にタラップを降りてきたのは、真っ赤な棍(こん)を手にした革鎧姿の類人の女性だ。
いかにも武道家っぽいけど、魔法使いである。
こちらの世界の魔法使いはローブを着たり、杖を持ったりはしない。動きやすい格好と接近戦用の武器を携帯するのが当たり前にて、棍を好む者が多い。
その棍もただの武器ではない。魔力の伝導率や増幅率に優れた品にて、魔法発動の補助具としての意味合いもある。
続いて降りてきたのは、柄の先端に重量のあるイガイガをつけたメイスなる武器を手にした、これまた革鎧姿の山人の女性だ。
また魔法使い? とワガハイが首をかしげていたら「あれは賢者だ」とギルド長が教えてくれた。バフとかデバフなど、敵を弱体化したり味方を強くしたりする魔法を専門に扱う魔法使いとのこと。
三番手は、白銀の甲冑姿も勇ましい森人の女騎士であった。
某歌劇団でも主役が張れるであろうルックス、男装の麗人という言葉がしっくりくる。
でも見てくれだけでないのは、その所作やたたずまいからわかる。
相当にデキる。剣をとっては一騎当千の猛者だ。
四番手は修道服姿の類人のシスター?
ではなくて、「アロセラ教団の聖女だな」とギルド長。
肉感的な体つきながらも、つねに笑みを絶やさず温和そうな女性である。
言われてみると、たしかに聖女っぽいかも。
だがしかし――
「あいつにはとくに気をつけろ。けっして気を許すな。油断していると尻の毛までむしりとられるぞ」
とギルド長は語気を強めた。
言われてワガハイも、ハッ!
危ない危ない。そうなのだ。いくら見てくれがよかろうとも、彼女はアロセラ教団の関係者である。
上から下まで漏れなく腐っているあの集団に所属している時点で、きっと腹黒でドロドロのはず。
要注意人物である。
ワガハイはギルド長の忠告を肝に銘じておく。
そしていよいよラスト、大トリを飾るのは勇者さま。
なんだけど……ぶっちゃけ五人のなかで一番華がない。
というか完全にモブ顔である。
始まりの村の村人Aという役柄が、これほど似合う者もいないだろう。
というぐらいのキング・オブ・モブだ。
モブ顔の勇者は、古き良きRPGの主人公のごとき格好をしていた。
これがまた似合っていない。衣装負けしており下手なコスプレのよう。
そんなモブ顔の勇者さまだが、ズルっと階段を踏み外した。タラップを転げ落ちていく。
見応えのある豪快な階段落ちであった。
なお下にいた聖女は、サッと身を避けて無事だった。
11
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる