80 / 254
080 カネコ、驚愕の事実を知る。
しおりを挟む毎度お馴染み、朝のピーク時を過ぎて閑散としている冒険者ギルドのカウンターにて――
「くっくっくっ、そいつはとんだ災難だったな。あそこの泉の精霊は性悪で有名なんだよ」
森の泉での出来事を話したら、受付のおっさんはそう言って肩を振るわせた。
じつは毎年、新人が何人か痛い目に合ってるんだと。
トライミングの冒険者ギルド支部あるあるで、名物みたいなもの。
なのにそのまま放置しているのは、べつに命まで取られるわけじゃないのと、アレはアレでそれなりにいい勉強になるから。
『世の中そんなに甘くない。ウマい話には裏がある』
という教訓。
目の前にぶら下げられた美味そうなエサに飛びつくな。
それを安心? 安全? に学べる機会は、ありそうでなさそうで。
だから、ちょいとムダに鼻っ柱の強い新人とかがいたら、先輩たちはわざと泉の精霊のことを教えて、「せっかくだから、ひと稼ぎしてこいよ」とそそのかし、痛い目をみせたりするのだ。これもまた愛のムチである。
「というか、精霊って本当にいたにゃんねえ」
この世界にて幅を利かせている宗教は三つ。
ひとつはこの城塞都市トライミングが所属する、多民族国家エスカリオや他の地域でも広く信仰を集めているスミテルア教。
スミテルア教は「万物のすべてに神は宿る」という考えで、精霊信仰に近い多神教である。
自分たちの暮らしは、いろんなものたちによって支えられており、日々それを感謝して心穏やかに、みんな仲良く過ごしましょう。
といった風の教義にて、とてもフランクだ。
ワガハイとしても好ましい宗教ではあるが、よもや本当に精霊が実在するとはおもわなかった。ビックリである。
いまひとつはビッチ女神を信仰しているアロセラ教団。
これについては、いまさらなので詳細は割愛する。
で、残るひとつをエアラ教という。
知を司る神を信仰し、書と学問を愛し、虚飾にまみれた箱物を否定している。
だから教会みたいな施設をかまえていない。代わりに信者たちは各々祠や神棚などを祀っている。
清貧を尊び、聖職者はひとところにとどまらず。流れのない水はたちまち濁ると、あちこち移動しては布教と知識の吸収と普及に励んでいる。
そのため教育者や学者、研究者、技術者に職人などを中心にして信仰を集めている。
だがしかし、ただの頭でっかちなんぞではない。
もしも知をあなどりバカにしようものならば、たちまち腕まくりにて。
「上等だ! おら、かかってこい。やってやんよ」
平和主義だが非暴力ではない。
売られたケンカは買う。
ちなみにワガハイをこちらの世界に転生させた神さまは、コレだったりする。
でもってエアラ教とアロセラ教団は、めちゃくちゃ仲が悪かったりもする。
そして宗教同士のいがみあいがとき戦争にまで発展するのは、こちらの世界でも同じなようで、ワガハイは「なんだかな~」
まぁ、それはさておき。
目下、ワガハイには解決すべき問題がある。
それは……
「このままだと置いてけぼりだにゃあ。何かいいアイデアないかにゃあ」
受付のおっさんに「にゃあにゃあ」泣きついていたのは、キャラクターグッズ展開について。
現在、ワガハイはツバッキーくんと女神フロディアに大きく水をあけられている。
とくに女神陣営の怒涛の追い上げはヤバい。
実用性に重きを置くラインナップのツバッキー側に対して、女神側は全力で趣味に走っているのだが、その突き抜けっぷりが半端ない。
一見するとムダなモノに金をかける。
損得勘定を越えた先にある秘めた感情を刺激し、揺り起こされた情動は恐るべき爆発力を持つ。
それはかつてオタクと呼ばれた連中が歴史のなかで証明している。
あなどってはならない。
ときに『好き』や『萌え』『推し』が世界経済をも動かすほどの、強い影響力を発揮することさえあるのだ。
「このままだと暫定二位の地位も危ういのにゃあ」
「いや、危ういもなにも、そもそも誰が、いつ、二位になったんだよ」
「そんな細かいことはどうでもいいのにゃん。それよりもなにかお手軽で、若い娘たちがキャアキャア悶えそうなグッズを考えるのにゃあ」
「……と言われてもなぁ」
面倒臭そうにチラッとワガハイの方をみたおっさんは、嘆息にて「あー、だったらアレなんてどうだ?」と勧めたのは、フェルト工作であった。
毛玉をひたすら、ちくちくちくちく……
つついて押し固めて、いろんな形にするハンドメイドの定番。
「じつはうちのかみさんが趣味でやっていてな。これがけっこう上手いんだよ」
照れながらおっさんが見せてくれたのは、手の平サイズのフェルト人形。デフォルメされたバトラコスが愛らしい。ちなみにバトラコスは大きなトノサマガエルの魔獣である。
ほうほう、たしかにいいデキである。
これならばワガハイの抜け毛で作れそう。
だがそれはいったん脇へとうっちゃっておき――
「はぁあぁぁぁぁーっ!? おっさんってば結婚していたのかにゃん! そんなバカな……」
驚愕の事実が発覚した。
信じられない。
これを受け入れるとか、あまりにも器が大きすぎる。
ひょっとしてこの世界には精霊の他にも、菩薩(ぼさつ)とかいるのか?
ワガハイが三つの目を見開き全身の毛を逆立て驚いていると、おっさんは「やかましい!」とプイっと顔をそらした。
やだ、おっさんてば照れちゃって、かわい――くはないな。うん、やっぱり。
11
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる