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069 カネコ、南の事情を知る。
しおりを挟む景気がいいところに人が集まるのは、どこの世界でも同じらしい。
城塞都市トライミングはいっそうにぎやかになった。
その余波は冒険者ギルドにもおよんでいる。
「うにゃあ~。またヒトが増えてるのにゃあ。暑苦しいのにゃあ」
ギルドに顔を出したワガハイは「うげぇ」と口をへの字にした。
商人が動けば、運送を担う者らも動く。警護依頼を受けた冒険者らも動く。
で、雇い主の商談がまとまるまでは手持ち無沙汰となるので、勤勉な冒険者は「ぼんやり待っているのはもったいない」と現地でも合間の仕事をこなす。
その結果、手強いライバルが急増して、ここのところギルドでは仕事の取り合いみたいな状況になっている。
もっとも仕事そのものも増えているので、欲さえ出さなければ仕事にあぶれることはない。
「はぁ、しょうがないのにゃん」
ワガハイは馴染みの受付のおっさんがいる列に並んで、おとなしく自分の順番がくるのを待つ。
……
…………
………………
いつもより列の進みが遅い。
ワガハイ、三本ある尻尾を小刻みに揺らしてはちょっとイライラ。
かといって「ったく、おっせーなぁ」とか下品に声を荒げたりはしない。
なぜならワガハイはジェントルマン。ゆくゆくはマスコットキャラとしてこの都市を背負う男。この程度のことで好感度を下げたりはしないのだ。
それに受付のおっさんとてがんばっている。けっして手を抜いているわけではない。
単純に数が増えたせいだ。初顔合わせの冒険者が多いので、やり取りにも時間がかかっている。
これもまた仕方がないこと。
なにせ依頼によっては命にかかわるケースもある。
いくら当人がやりたいと望んだとて、あきらかに実力や実績に見合っていない仕事を割り振るわけにはいかない。失敗したら取り返しのつかない事態に陥りかねないし、依頼人にも迷惑がかかる。ギルドの信用問題にも直結する。
他所はどうかわからないけれど、ワガハイが知るかぎりでは、ここトライミングの冒険者ギルド支部では、無謀なチャレンジなんぞは許されない。
にもかかかわらず、噛みつくはねっかえりがあらわれるのもまた、冒険者ギルドらしいっちゃらしい。
「ごちゃごちゃうるせぇ! こっちがやるって言ってんだから、さっさと依頼を受けさせろや」
「……ダメだな。明らかに失敗するとわかっている仕事を回すことはできない」
「なんだと、こらっ!」
受付でゴネていたのは類人の冒険者であった。
見覚えのない顔だ。おそらくは流入組なのだろう。けど装備がちょっと……いや、明らかにボロくてかなり薄汚れている。顔色も悪く、頬もこけており、やつれているというか……いささか失礼な物言いになるけれど、落ちぶれた姿だ。居丈高な態度が余計に痛々しく映る。
ワガハイが男にジト目を向けていたら、周囲からこんな声が聞こえてきた。
「おいおい、またかよ」
「ギャンギャン、やかましいなぁ」
「ったく、かんべんして欲しいぜ」
「アレだろう……例の」
「あぁ」
どうやら揉めている冒険者はワケありっぽい。
「アレって何のことにゃん?」
ワガハイが訊ねたら、うしろに並んでいた同輩が教えてくれた。
「あいつは南から流れてきたんだよ。いまあっちはたいへんらしいからな」
あっちとは南にある隣国スぺリエンスのこと。
女神フロディアを信奉するアロセラ教団が幅を利かせており、ガチガチの男尊女卑で類人至上主義国家。類人以外を亜人と蔑み、奴隷制度がバリバリ現役にて、理不尽や不正がまかり通り、国境をまたいでは出稼ぎと称して強盗団を送り込む。
周辺国からの鼻つまみ者。上から下まで漏れなく腐っているハタ迷惑な国だ。
ぶっちゃけ、とっとと滅ぼせばいいのに、そうしないのは背後にアロセラ教団がいるから。女神を信奉する国同士が同盟を組んでおり、下手にちょっかいを出すとそれらが動き、大戦に発展しかねない。
連中ってば「聖戦だ!」と声高に叫んでは、特攻をかましてくるので性質が悪いのだ。まともに付き合うとくたびれ損となる。
そんな南の隣国だが、いまとっても困っているそうな。
原因は急増した魔獣被害のせい。
ある日のこと。
メテオリト大森林の奥からぞろぞろと姿をあらわした魔獣どもが、国内で猛威を振るい始めたそうな。
なお異変が起こり始めたのは、ワガハイがガガスメイヤの特異種と戦った頃らしい。
この話を聞いてワガハイは「あ~~」と独りごちた。
隣国の混乱は、どうやらアリンコどものせいっぽい。
縄張りを追われた魔獣たちの一部が森の外に出て、南へと向かったのだ。
ガガスメイヤという強者が北へと進路をとったことにより、それ以外は反対側へ移動する。
これにより生じたのが、質か量かの問題。
とどつまり、隣国はスタンピードに見舞われたのである。
で、沈没船から逃げ出すネズミのように、わらわらと国内から逃げ出す者が続出しているという次第。
因果応報、これもまた日頃の行いのせいであろうか。
ワガハイは心の中でナムナム、手を合わせた。
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