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058 カネコは居たたまれない。
しおりを挟む「もうっ! にゃんにゃのにゃ~~」
逃げるほどにゾロゾロ増えていくアリンコどもに、ワガハイは弱音を吐いた。
にしても、だだっ広い遺跡である。
あちこち逃げ惑っているうちに、すっかり方角を見失い迷子になってしまった。
こうなったらしょうがない。どうせバレたことだし、壁をよじのぼって脱出しよう、そうしよう。
決めたワガハイが、いざ実行しようとしたところで――
「こっちだ!」とのナゾの呼び声。
えっ、空耳…………じゃない!?
たしかに聞こえた。反対側の壁の方だ。
一見するとただの壁だけど、よくよく見てみたらわずかに隙間がある。声はその奥から聞こえてきたようだ。
チラッとうしろを確認すれば、はや敵勢が迫りつつある。
迷っている時間はない。ワガハイはすぐにその壁へと近づいた。
壁が音もなく横へスライドしていく。みるみる隙間が広がっていき、カネコ一匹がどうにか通れるほどになった。
隠し通路のようだ。
「グズグズするな、いそげ!」
声に急かされ、ワガハイはなかへと飛び込む。
ふり返ると隠し通路の入り口はすでに閉じられており、そばには森人のおっさん冒険者がいて、壁越しに外の様子をうかがっていた。
「ふぃー、助かったのにゃん。あっ、もしかして偵察隊のメンバーかにゃあ?」
ワガハイの問いかけに、森人のおっさんは無言のまま小さくうなづいた。
〇
森人のおっさんに案内されて隠し通路を進んだ先にあったのは、ぶ厚い扉のある一室。まるで金庫室のように頑丈な造りのここは、どうやらシェルターとかセーフルームのような場所らしい。
そこに偵察隊の男たちはいた。
みな大なり小なりケガをしており疲労の色も濃い。だが動けないほどではなく、十人全員揃っている。不測の事態に襲われたのにもかかわらず、ちゃんと生き延びていた。さすがは熟練の冒険者たちだ。
とりあえず無事だったことに、ワガハイはホッと胸を撫で下ろす。これであの子に最悪の報告をせずに済む。
「みんな無事で良かったのにゃあ。ギルドもずいぶんと気を揉んでいたにゃんよ。ところで隊長さんはどなたかにゃあ?」
「ん? 俺がいちおう隊を任されている者だが」
手をあげたのオオカミ系の精悍な顔つきをした獣人のおっさん。
いかにも隊長っぽく頼りがいがありそう。どことなく砂場の少年の面影がある。あの子は父親似のようだ。
ワガハイがこの遺跡にやってきた経緯を説明すると、隊長さんは「そうか……アイツはやはり戻っていないのか」と眉根を寄せる。
隊長さんが口にしたアイツとは、夫と子どもを捨てて浮気相手と家を出た奥さんのこと。
にしても――である。
いざ子どもの父親と対面して、ワガハイは不思議でしょうがない。
だってギルドから重要な偵察隊を任されるようなベテランだよ?
高位冒険者にして、実績や信頼だけでなく稼ぎも申し分なし。
で、ルックスだってワガハイには若干劣るものの、けっこうイケてる方だ。
落ち着いた雰囲気にて渋い大人の男。酒を呑んだら暴れるとか、奥さんに暴力を振るったり、ネチネチ厭味を言うようなタイプでもなさそう。
もっともそんなダメオヤジならば、あの子があれほど恋しがるはずがない。
う~ん、どうしてコレを捨てて、他の男に走ったのだろうか……ナゾである。
すると、つい考えていたことをベラベラ口にしてしまっていたようで、隊長さんはポリポリ頭をかきつつ、ぼそっと。
「……寂しかったんだとよ」
巷でときおり耳にする浮気の言い訳……もとい理由に、ワガハイは「あ~」
家族のためにと、お仕事をがんばればがんばるほどに家庭に隙間風が吹く。悲しきすれちがいというやつだ。
その場に居合わせた隊の男たちも、くっと目頭を押さえたり、ウンウンうなづいたりしている。みんな似たような経験があるらしい。
ず~んと室内の空気が重たくなり、お通夜の席みたいになった。
居たたまれなくなったワガハイは強引に話題を変えることにする。
「え~こほん。ところであのアリたちはいったい何なのにゃあ? それにどうしてこんなところに引きこもっているのかにゃあ?」
なにせ選りすぐりの精鋭にて、みな隠形の技術に優れている。
アリンコどもはたしかに脅威だが、隙をついてとっとと逃げようとおもえば逃げられそうな気がしなくもない。
だが、ワガハイのそんな意見に隊長さんは首を横に振った。
「あぁ、それがちょっとやっかいなヤツでなぁ……」
黒いアリンコども。
ネロフォルミガという昆虫の魔獣にて、ご覧の通り群れで行動する。個々の強さはたいしたことないが、あの数は脅威にて。
いくら倒してもキリがない。おそらくはそれに嫌気がさして、この辺を縄張りにしていた大蛇の魔獣であるガガスメイヤや他の連中も逃げ出したのであろう。
群れを止めるには司令塔である女王を倒すしかない。
なのに偵察隊の面々が逃げたくとも逃げられなかったのは、アリンコどもがお尻からプッと散布した霧状の何かのせいである。
じつはあの分泌物、特殊なフェロモン。
いちどマーキングされたらしばらく取れないだけでなく、アリンコどもを誘き寄せてしまうのだ。
もしも偵察隊が遺跡から脱出し帰還したら、フェロモンが見えない道しるべとなり、群れを森の外や都市へと誘導することになってしまう。
だから隠れて、ほとぼりが冷めるのをじっと待っていたという次第。
ちなみにここは壁が厚く、密閉性も高いのでアリたちから身を隠すのにはもってこいの隠れ家なのだが、言珠の通信魔道具も使えないのが珠に傷なんだと。
「へえ~……って、しまったにゃん! ワガハイ、ちょこっとアレを浴びてしまったのにゃあ」
つまり、ワガハイも逃げられない。
ドライブがてらの様子見のはずが、がっつり絡むことになってしまった。
「にゃんてこったい」
ワガハイがガックリうな垂れていると、隠し通路へと招き入れてくれた森人のおっさんが「ようこそ男だらけの穴倉へ。キミを歓迎する」とニカッと白い歯をみせた。
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