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049 カネコとガガスメイヤ。
しおりを挟む黄昏刻、藍色の空には早くも星々が瞬いていた。
生ぬるい風がびゅるりと吹く。
宵闇迫る丘にて。
消えゆく残光を受けて、黒紫色の鱗が妖しく艶めいていた。
長い体だ。わずかに身じろぎをするたびに鱗たちがジャランと鳴る。その音は鉄の鎖がうねるかのよう。
黄色の虹彩、黒い瞳孔をした円らな瞳は愛らしく見えなくもない。
が、全体の凶悪なフォルムと合わさることで、そのアンバランスさがかえって不気味さを醸しだしている。
半開きの口からのぞく牙よりポタポタ滴るのは、おそらく毒液だろう。
細長い舌が血よりもなお濃く赤い。舌の先端がふたつに分かれておりチロチロしているけど、うっかり噛んだりしないのだろうか。
尾を小刻みに震わせては、ジャラジャラジャラとやかましい。
まるでガラガラヘビみたい。この仕草はきっと威嚇音。
――デカい。
胴回りがパルテノン神殿の石柱ほどもある。
とぐろを巻いたとて、小学校のプールではたぶん収まりきらないだろう。
それほどの巨体だ。
デカいヘビが寝起きのワガハイをじっと見下ろしていた。
全身を舐めまわすかのようなこの視線をワガハイはよく知っている。
捕食者が被食者、自分のエサに向けるもの。
込められた意は『オマエクウ、アタマカラマルカジリ』だ。
もはや怪獣と呼んでも差し支えあるまい。
そんなバケモノがいきなりあらわれたのだ。
ヒヨッコどもが設営作業の手を止めて固まるのもムリはない。
かくいう、ワガハイもぽかんと固まっている。
メテオリト大森林にいた時には、いろんなタイプの魔獣を見かけたものだが、コイツは初お目見えである。
にしても、ここでヘビ型が登場するとは……
う~ん、他所さまのお宅の蛇蝎具合をちょいと覗いてやろうとか、ゲスいことを企んでいたから罰が当たったのかもしれない。
なんぞとワガハイが反省していたら、デカいヘビが動いた。
いきなり頭から突っ込んでくる!
その姿は自分が毎日利用する最寄り駅のホームを、ゴーっと素通りする朝の通勤快速電車のごとし。
あぁん、イケずぅ。どうしてウチには止まってくれないの?
と、恨みと妬みの念を込めた目を向け、何度見送ったことか。
「――じゃなくって!」
ワガハイはあわててピョンと横っ飛び、デカいヘビの突進をかわす。
で、すかさずカネコスラッシュで反撃、胴体を輪切りにしてやろうとするも「っ!」
放った真空の刃はヒットするも、ぬるんつるんと滑って明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「にゃんだとぅ!?」
驚くワガハイに、引率役のおっさんの声が届く。
「気をつけろ、ガガスメイヤは体の表面に魔力を通すことで攻撃を受け流すぞ」
襲撃者の名はガガスメイヤ。
見ての通りの大蛇の魔獣にて、ふだんは大森林の第四層にある古代遺跡の辺りに生息しており、高位冒険者らで編成された大規模パーティーで挑むような手強い相手である。リアル・レイドボスみたいなもの。
そんなのが、なぜだか森の外……新人どもが研修におもむくような場所にあらわれた!
おかげで現場は大パニックである。
「なんで四層の魔獣がこんなところにいるのにゃん? おかしいのにゃあ~」
「知るかよ! とにかく俺はヒヨッコどもを避難させるから、ワガハイはそいつの相手を頼む」
「え~」
ワガハイは口を尖らせるも、ガガスメイヤの方は殺る気マンマンである。
というか、逃げ惑っているヒヨッコたちなんてまるで眼中にないっぽい。
親の仇とばかりに、ワガハイにばかり突っかかってくる。
はて、おかしいな? ふつうは狩りやすそうな方から狙うのに。
魔獣は倒した魔獣の血と肉を喰らい、その心臓近くにある魔晶石を吸収することで、より強い個体へと成長する。
かといってザコの持つクズ石をいくら食べたところで、たいして強くはなれない。
ど~んとレベルアップするには、強い魔獣のブツを摂取する必要がある――らしい?
なぜに疑問形なのかといえば、あいにくとワガハイ、魔晶石は食べたことがないので。
いやね、ふつうあんな石ころ、口に入れようとかおもわないから。
手持ちの分はゴーレム錬成でパーッと使ってしまったし。こんなことならドゥラーケンの分だけでも残しておくんだった。
とまぁそんなわけで、ガガスメイヤは更なるステージへと至るための踏み台として、ワガハイをロックオンしたっぽい。
もちろんワガハイとて、簡単にフミフミされてやるつもりはない。
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