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042 カネコ、たまには勉強もする。
しおりを挟む夜中よりシトシト降り始めた雨が、朝になってもやむことなく降り続いている。
こんな日は仕事にならないので、冒険者稼業はお休み。
……とはならない。
雨はうっとうしいけれども、雨の日には雨の日なりのおいしい稼ぎがあるのだ。
たとえば湿地でのバトラコス狩りとか。
雨の日になるとテンションあげあげ。
ゲコゲコ鳴いては活発になるバトラコスは、デカいトノサマガエルみたいな魔獣にて、そりゃあもう、いろいろとヌメっている。
けれどもヌメっている見た目に反して、食べて良し、素材として使って良し。そのくせ強さはたいしたことがなく、毒もなく、でろんとのばした長い舌で掴んだ相手を丸呑みするけれど、歯とかないので噛み砕かれる心配もない。むしろ腹の中からブスリと殺れちゃう。鳴いて自分から居所を教えてくれるから探す手間もない。
足下のぬかるみと生臭いローションプレイにさえガマンすれば、冒険者になったばかりのハナタレ小僧でも余裕で狩れちゃう。
よってバトラコス狩りは雨の日限定の祭りイベントというのが、辺境の冒険者たちの認識だ。
他にも雨の日にのみ採取できる貴重な薬草とかもあって、自分だけの秘密の採取場所を持つ者は、天気に合わせていそいそと出かける。
一方で、雨が降ったら休みとしている冒険者も多い。
だからとて、朝から呑んだくれたりなんぞはせずに、たいていが装備類のメンテナンスやら、次の仕事に関する折衝(せっしょう)や情報収集などの下準備に当てている。
よって呑むのは、やるべきことをやってからの午後からだ。
〇
ぺラリ。
図鑑のページをゆっくりめくる音がする。
それに混じって、階下より聞こえてくるのは呑兵衛どもが騒ぐ声だ。
ここは冒険者ギルドの二階にある資料室。本日、ワガハイは雨読としゃれこんでいる。
というか、ワガハイは雨が苦手である。
なにせ雨が降ると、ワガハイの毛が湿気でボサボサになり、うねってはピンピンはねて、ちっともまとまらないからである。
あとびしょびしょに濡れてしまうと、シュッとしてうにょ~んとした姿になってしまうのも困る。
ふだんは毛に隠されている体のラインが丸わかり。
これはいわば、雨の日にうっかり傘を持ってくるのを忘れて、あわてて屋根のあるバス停に駆け込んでくる女子高生のごとき無防備さにて。
濡れて肌にはりついた制服の薄布越しに透けて、下着がバッチリ見えるようなもの。
健全な男子諸君ならば誰もが赤面し、目のやり場に困るようなドキドキシチュエーション。
ただでさえダンディなワガハイがそんなセクシーな姿をさらせば、文字通り水も滴るいい男となってしまう。
そうしたら都市中の女性陣たちを、さぞやキャアキャアいわしめることであろう。
無垢な乙女たちはこぞって「はう」と桃色吐息を零し、甘くも苦しい初恋に身をやつすことであろう。
勤め人の女性たちは仕事が手につかずぼんやり、失敗を連発してしまうことであろう。
家庭を持つ主婦は「もしかしてはやまったかも」と、いまのパートナーとの暮らしに疑問を抱いてしまうかもしれない。
それによって生じる家庭不和。「ごめんなさい。私、やっぱり」と出ていく母親に「あ~ん、お母ちゃん、行っちゃヤダー」と残される子どもが泣いてすがりつくかもしれない。
あぁ、なんと罪深いことか。ちょっと雨に濡れただけなのに……
もちろん、そんなのはワガハイの望むところではない。
だからワガハイは雨の日には、ひとり静かに図鑑のページをめくる。
黙々と知識を蓄えることで、己が鑑定能力を高める。
だがしかし……
「うんにゃ~。目が滑るのにゃあ、チカチカするのにゃあ、情報がちっとも頭に入ってこないのにゃあ」
パラパラとページをめくって、ざっと目を通せば速読にてたちどころに情報をインプット、鑑定がみるみるバージョンアップしてくれたらよかったのだけれども。
ワガハイの鑑定は情報をコツコツ集積することで、内容を充実させていくタイプ。
けど悲しいかな、学んだはしから知識がぽろぽろ零れ落ちていく。
あいにくとカネコに速読と瞬間記憶能力はなかった。
ワガハイは図鑑をそっと閉じた。
「どれ、そろそろ頃合いかにゃん」
下では宴もたけなわ。
いい感じに場が盛り上がっているということは、それだけ酔客が増えているということだ。酔えば気が大きくなり、正しい状況判断もデキなくなり、財布の紐も緩む。
いまこそ好機!
ワガハイは遅めの昼食とタダ酒にありつくべく、酒場へと向かった。
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