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032 カネコ、お手紙をもらう。
しおりを挟む冒険者ギルドの簡易宿泊室にて、ごやっかいになること五日目。
名残り惜しいがそろそろ追い出される。次の目星をつけなければならない。
だが、まだ猶予は残されている。
ワガハイは夏休みの宿題は最後にまとめてやる派。ギリギリになってから本領を発揮するタイプ。豪快な差し脚こそが持ち味。
えっ、夏休みの計画?
一日のスケジュール?
ふふん、もちろんしっかり立てたさ。それはもう非の打ちどころがないほど緻密に。そして立てたことで満足して、それっきり。三日坊主どころか、一日とて守れた試しがない。
あぁ、無邪気に笑い転げていた懐かしき少年時代よ。
いまおもえば、ワガハイは幼少のみぎりより、着々とカネコとしての素養を育てていたのであろう。
なんという先見の明か。さすがはワガハイである。
そして培われた家族という労働力の有効活用法と、より演技力が磨かれた泣き落としのテクニック。さすがはワガハイである。
夏の修羅場を通じて、ワガハイは学校では教えてくれない大切なことを学んだ。
人生にはシメキリが必要だということを。さすがはワガハイである。
まぁ、そんなわけでこれまではどうにかなった。
きっとこれからもどうにかなるだろう。いまさらあせったところでしょうがあるまい。ここはドーンと構えて、自然の流れに身をまかせるべし。
泰然自若、さすがはワガハイである。
そんなさすがなワガハイのもとへ一通のお手紙が届いた。
「おい、おまえさんに手紙がきてるぞ」
受付のおっさんから渡されたのは、不幸の手紙なんぞではなくて封蝋がされたきちんとしたものであった。こじゃれた金の蔓模様が縁に施されている高そうな封筒が用いられている。
スンスンスン。
心なしかいい匂いもする。香水でも垂らしているのか。
いかにもどこぞの深窓の令嬢が好んで使いそうな便箋。
ということは……
「ほほう、これがウワサに聞くファンレターというやつかにゃん」
ここのところのワガハイの目覚ましい活躍っぷりを聞きつけたか。
あるいはこの前、高級住宅地を駆け回っていた姿をたまさか見かけて「あら、なんて素敵な殿方。ぜひともお近づきになりたいわ。そしてゆくゆくはステディな仲に」と胸をときめかせたか。
我ながら罪な男である。
「しかし困ったにゃあ。ワガハイはカネコであるからして、ご令嬢の想いには応えられないのにゃん」
カネコは万事においてやる気が乏しい。
それは恋愛についても当てはまる。
もちろん健全な男子ゆえに、かわい子ちゃんとは仲良くしたい。胸の大きな未亡人にだってトキメク。泣きボクロにドキッとし、昼下がりの団地妻とかワードの響きだけで頬が火照っちゃう。
しかしその一方で、こう考えてしまうのだ。
『あ~、めんどくせえ~。記念日とかサプライズって何だよ? メシなんてどこで食べてもいっしょじゃん。どっか連れてけ? 休みの日ぐらいゆっくりしたいのに、どうしてわざわざ混んでいるところに出かけなきゃならんのだ。あげくに自分から並ぼうって言ったくせに、途中で機嫌が悪くなるとかわけがわからん』
恋人は欲しい。イチャコラしたい。
でも、おひとりさまも捨てがたい。
なんといっても気楽だし。
結果として妄想彼女で満足してしまう自分がいる。
カネコは、カネコであるがゆえに、種の存亡の危機を迎えている。
さりとて女のひと言で生き方をコロコロ変えられるぐらいならば、こんな苦労はしていない。
「だがワガハイとて鬼ではないのにゃあ。令嬢がどうしてもと言うのであれば、寄宿してやることもやぶさかではない」
なんぞと言っては鼻の穴をプクプクさせながら、封を切るとなかから出てきたのは商業ギルドからの召喚状であった。
召喚状とは――
用事があるからとっと来やがれ、という呼び出し令状のこと。
「とんだれいじょうちがいだにゃん!」
ワガハイ、ぎゃふん。
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