153 / 154
その百五十三 極致
しおりを挟む「シャクドウの声に気をつけろ! 惑わされるなっ!」
駆けながら叫んだのは緒野正孝。
忠吾の声を模した禍躬の呼び声。あれは危険だ。「えっ?」となり混乱する。戦いのさなかに放たれたら、おもわず思考が停止し硬直してしまう。
おそろしく陰湿で性質が悪い初見殺し。
身をもって味わったがゆえの忠告であった。
コハクは五連滝での戦いのおりに、禍躬の呼び声が原因にてシャクドウに敗れたので言わずもがな。ビゼンもそのときの話をコハクから聞かされており、いっそうの警戒を強める。
唯一、この場にて経験のない南部弥五郎ではあったが、彼は友の忠言を無碍(むげ)に扱うような男ではない。ゆえに「応っ」と答えしっかりと心に留め置く。
◇
腰から下が埋まって身動きを封じられた禍躬シャクドウへと三方より迫る者ども。
真っ先に到達したのはシャクドウより見て左側から向かっていた山狗の二頭。
並走していた二頭、途中から前後左右にと位置をめまぐるしく入れ替えながら疾駆。
黄金に近い明るい茶毛のビゼン。
銀の地に黒毛が混じっているコハク。
二頭の駆ける軌跡が二筋の線となり、それが交わり離れをくり返すうちに、やがてひとつとなったところで接敵。
山狗の牙がギラリ、獲物を狙う。
させじとシャクドウ、一撃のもとに粉砕せんと豪腕を振るう。
けれども拳が当たる直前にぱっとわかれた二頭。これにより攻撃はむなしく空を切る。
矢先のこと、シャクドウの真紅の隻眼がよりいっそう赤を増した。
ただしそれは流れ出る血のせい。
まぶたの上を斬り裂いたのはビゼン。駆け抜けざま、爪により一閃する。
◇
コハクとビゼンらに遅れることほんのわずか。
今度は右側から緒野正孝が突っ込んできた。
あわてて対処するシャクドウ、あいている方の腕をくり出す。黒爪により相手をひと息に串刺しにせんとする。
五丈へと達するほどの巨躯。腕の長さは二丈ほど、これに黒爪をのばした分を合わせれば二丈半にも届こうか。
体格ゆえに深い懐、槍よりもなお長い間合い。それらでもって緒野正孝の武を封じ、一方的に刺し殺すを目論む。
だがこの選択は致命的な失敗であった。
なぜなら相手の武官は槍の誉れ、紀伊国にそのヒトありとうたわれた天下無双の豪傑なのだから。
黒爪の突端と天霊矛の切っ先。
ふたつが正面より激突っ!
ギィイィィィンと硬質な音が鳴り、火花が生じる。
けれどもその刹那のこと。深緑色の穂先、平刃がふいにぐにゃり、捻じれたように見えた。
まるで槍が生きているかのように動き、黒爪を絡めとる。
これは緒野正孝が手元にて槍の柄にひねりを加えたことにより生じた回転によるもの。
かつて海の暴君イッカクを退治するときに披露したことがある大技。相手の剣に槍を絡めて払う、槍術の巻き落としなる技の応用。
しかし今回の相手は禍躬、それも尋常ならざるシャクドウを相手どってのこと。もしもシャクドウの状態がつねの通りであれば、とてもではないが技は成功しなかったことであろう。だが現在のシャクドウは身動きもままならぬ状況。ほとんど腕の膂力まかせにつき、動作も雑にて単調であった。だからこそさばくことが可能。
黒爪の軌道がわずかながらも外側へとそれる。がら空きとなったのは脇。
そこめがけて天霊矛が突き入れられる。
緒野正孝は無意識のうちに雄叫びをあげていた。
◇
両側面からの怒涛の連続攻撃。
右に続いて、左の視界にまで不良を抱えたシャクドウ。
両腕はふさがれており、これにより無防備に上体をさらすことになる。
そこへ正面より駆けつけたのが南部弥五郎。
走りながら火筒の先端に装着するのは小剣。ほんの半尺ほどの長さながらもこれを付けることにより、飛び道具である火筒でも近接戦闘が可能となる。
これを突き入れるのは禍躬の口腔内。そこで零距離射撃を狙う所存。
普段ならばとても無理であろうが、いまならばイケる。
禍躬にヒトの手が届く!
「シャクドォォォオウっ」
叩きつけるがごとき大声で名を呼ぶ南部弥五郎。
しかしこれが功を奏する。期せずして死者の呼び声にて相手を惑わすのを得意とする禍躬、そのお株を奪ったのだから。
殺気が篭った声ゆえに反応し、ついそちらへと顔を向けるシャクドウ。
その半開きとなった口へとめがけて、南部弥五郎が刃をつけた火筒を猛然と突き入れた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。
第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。
のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。
新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第三部、ここに開幕!
お次の舞台は、西の隣国。
平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。
それはとても小さい波紋。
けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。
人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。
天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。
旅路の果てに彼女は何を得るのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
湖の民
影燈
児童書・童話
沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。
そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。
優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。
だがそんなある日。
里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。
母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる