上 下
149 / 154

その百四十九 猛追

しおりを挟む
 
 緒野正孝とコハクがようやく神殿の地上部分へと到達したとき。
 またしても足下が震えた。これまで以上の揺れ。視界が激しく上下左右にブレる。とてもではないが立ってはいられない。たまらずしゃがみ手をつく緒野正孝。コハクも伏せの体勢にて固まるばかり。
 頑強に組まれているはずの石造りの神殿が軋む。そこかしこに亀裂が生じた。ついには石柱が倒壊し、壁や屋根の一部が崩落する。
 もしもこのうちのどれかに巻き込まれていたら、ヒトや山狗の身なんぞはひとたまりもなかったことであろう。しかし幸運なことにコハクたちは難を逃れた。

 揺れがおさまり、立ちあがる緒野正孝ら。
 そこでゾクリ、かつて感じたことがないほどの強烈な悪寒に襲われる。
 続けてぱっと脳裏に浮かんだのは先ほど目にした光景、地下の灼熱地獄。
 赤く燃え盛る溶岩、すべての命を無へと還す破滅の流れ、地獄がすぐそばにまで迫っている。
 そして禍躬シャクドウもまた……。
 もはや一刻の猶予もない。
 あとは外にいる南部弥五郎と山楝蛇の隊員らが、討伐準備を整え終えていることを信じて、出口へと向かうのみ。

 足の痛みにはかまわず緒野正孝が駆け出す。コハクもこれに続く。
 彼らが動きだしたのとほぼ同時に背後から鳴り響く咆哮。
 聞く者みなに死を連想させずにはいられない不吉な響き。
 禍躬シャクドウだ。声がかなり近い。おもいのほかに距離を詰められている。
 焦る緒野正孝、九つの部屋にて構成されている神殿内部、その真ん中をいっきに突っ切って出口を目指す。
 だがしかし、ちょうど真ん中の部屋へと差し掛かったところで、前方が無情にも瓦礫により塞がれていた。
 右か左、どちらかを通って迂回するしかない。
 もしもその先が似たような状況であったのならば、万事休す。作戦は失敗にて、閉鎖空間にて追いついた禍躬と自分たちのみにて対峙することになる。

 二択にて五分五分の確率。だがその先のことも考慮すれば、いささか分が悪い賭けであろう。
 なのに迷うことなく緒野正孝は左の道を選択した。
 理由は通路に倒れている人影を発見したから。かろうじて上半身と下半身が繋がった状態にある無惨な骸は、斥候へと赴いた三名の隊員らのうちのひとり。おそらくは身命を賭して仲間らに危険を報せてくれた、あの者であろう。もしも彼がいなければ自分たちはとっくに全滅していたかもしれない。

 骸のそばを駆け抜けるとき、緒野正孝は心中にて手を合わせ「仇は必ず」と改めて誓う。
 するとその想いが通じたのか、続く部屋は問題なく通過できた。
 だが玄関口に相当する部屋へと隣接するところへ進入したところで、轟っと風が唸る音を耳にし、緒野正孝とコハクはあわてて身を伏せる。
 直後に頭上を通り過ぎたのは神像の首。
 禍躬による投擲、威嚇と足止め目的の一投。

 急ぎ立ちあがり、背後の通路を凝視する緒野正孝。闇の奥に紅点が浮かんでいた。真っ赤な点は怒りに燃える禍躬の瞳。
 逃げ切れない。緒野正孝はすぐさま槍を構える。

「くそっ、ついに追いつかれたか。あと少しだというのに。こうなれば戦いながら誘い出すしかない」

 覚悟を決める緒野正孝。呼応するかのようにしてコハクもまた小太刀を抜く。
 それに前後して、雄叫びをあげながら飛び出してくる赤胴色の毛塊。
 左後ろ足が不自由なぶんだけ動きはやや遅い。とはいえ巨躯による突進が産み出す脅威はさほど変わらず。
 コハクと緒野正孝はサッと左右にわかれて、これをかわす。
 禍躬シャクドウは通路より部屋の中へ。勢いのままに中央にある神像の残骸へと頭から突っ込む。

 そこをすかさず両脇から攻めようとした武官と山狗。
 瞬間、シャクドウが豪腕を振るい薙ぎ払ったのは神像の残骸。すくいあげるようにして振られた腕により、飛散したのは数多の石くれ。
 たくさんの石礫を至近距離にて放たれたのはコハク。
 いかに俊敏な山狗とて、とてもではないがすべてをかわしきれず。いくつかもらって後方へとはじき飛ばされる。
 この攻撃により緒野正孝へと完全に背中をさらす格好となった禍躬シャクドウ。けれどもシャクドウには背の顔と第三の腕がある。
 しかもここで背の顔から発せられたのが懐かしい声。

『正孝、おい正孝』

 恩人であり、慕い尊敬してやまぬ故人からの呼びかけ。
 動揺、混乱、心の乱れが肉体の硬直へと繋がり、一瞬の隙を産む。
 意図的に卑劣な罠を仕掛けたシャクドウがこれを見逃すわけがない。
 第三の腕の黒爪が血風を巻きあげ、緒野正孝の身が宙を舞う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

【完結】カミサマの言う通り

みなづきよつば
児童書・童話
どこかで見かけた助言。 『初心者がRPGをつくる時は、 最初から壮大な物語をつくろうとせず、 まず薬草を取って戻ってくるという物語からはじめなさい』 なるほど…… ということで、『薬草を取って戻ってくる』小説です!  もちろん、それだけじゃないですよ!! ※※※ 完結しました! よかったら、 あとがきは近況ボードをご覧ください。 *** 第2回きずな児童書大賞へのエントリー作品です。 投票よろしくお願いします! *** <あらすじ> 十三歳の少年と少女、サカキとカエデ。 ある日ふたりは、村で流行っている熱病の薬となる木の葉をとりにいくように、 カミサマから命を受けた。 道中、自称妖精のルーナと出会い、旅を進めていく。 はたして、ふたりは薬草を手に入れられるのか……? *** ご意見・ご感想お待ちしてます!

傍若無人な皇太子は、その言動で周りを振り回してきた

歩芽川ゆい
絵本
 頭は良いが、性格が破綻している王子、ブルスカメンテ。  その権力も用いて自分の思い通りにならないことなどこの世にはない、と思っているが、婚約者候補の一人、フェロチータ公爵令嬢アフリットだけは面会に来いと命令しても、病弱を理由に一度も来ない。  とうとうしびれをきらしたブルスカメンテは、フェロチータ公爵家に乗り込んでいった。  架空の国のお話です。  ホラーです。  子供に対しての残酷な描写も出てきます。人も死にます。苦手な方は避けてくださいませ。

天使くん、その羽は使えません

またり鈴春
児童書・童話
見た目が綺麗な男の子が、初対面で晴衣(せい)を見るやいなや、「君の命はあと半年だよ」と余命を告げる。 その言葉に対し晴衣は「知ってるよ」と笑顔で答えた。 実はこの男の子は、晴衣の魂を引取りに来た天使だった。 魂を引き取る日まで晴衣と同居する事になった天使は、 晴衣がバドミントン部に尽力する姿を何度も見る。 「こんな羽を追いかけて何が楽しいの」 「しんどいから辞めたいって何度も思ったよ。 だけど不思議なことにね、」 どんな時だって、吸い込まれるように 目の前の羽に足を伸ばしちゃうんだよ 「……ふぅん?」 晴衣の気持ちを理解する日は来ない、と。 天使思っていた、はずだった―― \無表情天使と、儚くも強い少女の物語/

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

普通じゃない世界

鳥柄ささみ
児童書・童話
リュウ、ヒナ、ヨシは同じクラスの仲良し3人組。 ヤンチャで運動神経がいいリュウに、優等生ぶってるけどおてんばなところもあるヒナ、そして成績優秀だけど運動苦手なヨシ。 もうすぐ1学期も終わるかというある日、とある噂を聞いたとヒナが教えてくれる。 その噂とは、神社の裏手にある水たまりには年中氷が張っていて、そこから異世界に行けるというもの。 それぞれ好奇心のままその氷の上に乗ると、突然氷が割れて3人は異世界へ真っ逆さまに落ちてしまったのだった。 ※カクヨムにも掲載中

両親大好きっ子平民聖女様は、モフモフ聖獣様と一緒に出稼ぎライフに勤しんでいます

井藤 美樹
児童書・童話
 私の両親はお人好しなの。それも、超が付くほどのお人好し。  ここだけの話、生まれたての赤ちゃんよりもピュアな存在だと、私は内心思ってるほどなの。少なくとも、六歳の私よりもピュアなのは間違いないわ。  なので、すぐ人にだまされる。  でもね、そんな両親が大好きなの。とってもね。  だから、私が防波堤になるしかないよね、必然的に。生まれてくる妹弟のためにね。お姉ちゃん頑張ります。  でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったよ。  こんな私が〈聖女〉なんて。絶対間違いだよね。教会の偉い人たちは間違いないって言ってるし、すっごく可愛いモフモフに懐かれるし、どうしよう。  えっ!? 聖女って給料が出るの!? なら、なります!! 頑張ります!!  両親大好きっ子平民聖女様と白いモフモフ聖獣様との出稼ぎライフ、ここに開幕です!!

処理中です...