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その百四十 魔都
しおりを挟むタァアァァァァァン。
遠く、かすかに聞こえた炸裂音。くぐもった感じで、地の底より響く。これに反応し、ぴくりと耳を立てたのはコハクとビゼン。山狗の聴覚は人間では拾えぬわずかな音も聞き逃さない。
忘れられし都、中央の神殿外にて緒野正孝や隊員らと供に待機していた南部弥五郎は、山狗たちの挙動から内部にて何かが起こったことを悟り、警戒を強めるように指示を出す。
一同が緊張した面持ちにて神殿を注視することしばし。
するとまたしても。
タァアァァァン。
先ほどよりもずっと近い。
今度の音は南部弥五郎らの耳でもどうにか拾えた。
聞き覚えのあるそれは火筒を放ったときに生じるもの。控え目ながらも鋭い。空気を突き抜けるような発射音は新式火筒・可変忠吾式を、中距離仕様に組み替えたときに聞こえる音。
愛用の得物の鳴き声ゆえに、南部弥五郎や旗下の山楝蛇の隊員らが聞き間違えるはずがない。
じょじょに音がこちらへと近づいている。
このことからして、どうやら神殿へと潜入した三人は逃げながら抗戦中の模様。
すると「自分が助けに行きます」と志願したのは外で待機していた隊員のうちのひとり。
南部弥五郎が「よし」と許可を出すなり、その者は飛び出す。これに他二名が続いた。
けれども彼らが入り口へと辿り着くよりも前に奥から聞こえてきたのは「くるなっ!」という声。
救助へと意気込んだ矢先のこと。出鼻をくじかれ、おもわず立ち止まり判断に迷う。
直後のことであった。
タァアァァン。
三発目の発射音。
先の二発は足下から響くような感じであったのだが、今度のは明らかに地上から鳴ったもの。
かなり近い。
救助へと向かっていた男たちは互いの顔を見合わせうなづくと、ふたたび駆け出す。
仲間をみすみす見捨てはしない。それが対禍躬狩り専門の部隊である山楝蛇の矜持。血より濃い絆、鉄の結束があるからこそ、互いに安心して背中を預けられるというもの。
なのにまたしても聞こえてきたのは「くるな! 来てはならん」という声。続いて「罠だ。すぐに神殿から、いいや、この都から離れろっ」
絞り出された絶叫にも似た叫びが発するのは警告。
それとともに足下や神殿が揺れはじめて、ゴゴゴという不穏な気配がそこかしこからせりあがってくる。
「地震か?」
と緒野正孝。愛槍を支えとして立ち続けて、臨戦態勢を崩さない。
隊員らも各々対処しつつ、どうにか態勢を維持しようとする。
救助へと向かった者らもたたらを踏む。黒翼らは空へと逃れ、山狗たちは身を低くして四肢を踏ん張っている。
忘れられし都が震える。
さなか、なおも神殿入り口から目を離さなかった南部弥五郎が、入り口奥、闇の深淵に生じた異変に気がつき叫ぶ。
「すぐさま脇に飛べ、入り口から離れろっ!」
突然のこと。背後からの隊長の指示。にもかからわず意識よりも体が勝手に反応した。神殿へと近づこうとしていた者らはサッと身を退く。
これに前後して神殿入り口から勢いよく噴出したのは、白い煙。
その正体は火傷を負わせるほどの熱を含む危険な蒸気。禍躬シャクドウが神殿地下にあった施設にて、赤と青の流れを交わらせたがゆえに発生したもの。
異変はこれだけにとどまらない。
石床や壁の隙間など、都中のそこいらから白い煙が次々に噴き出しているではないか!
出現した数十もの煙が柱となり天を突く。
それが天井の岩肌へと当たっては折り返し、滝のように降り注ぐ。
上下左右、煙と煙が合わさり混ざりあうことで、より濃厚な白が産まれる。
ぐんぐんあがる周囲の気温。不快な汗がとまらない。
熱を含んだ煙を深く吸い込めば、とたんに息苦しくなって、頭がぼーっとなる。煙により自分の足下すらもがおぼつかなくなり、視界もずんずん不鮮明になってきた。
迷路のごとき都内部が、たちまち白に埋め尽くされていく。
環境が激変。
忘れられし都が霧煙り、禍躬が徘徊する魔都へと変貌する。
あっというまの出来事。とっさに緒野正孝や南部弥五郎らにできたのは、集まって円陣を組むことぐらいであった。
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