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その百三十九 三本の川
しおりを挟む高鳴る鼓動をおさえつけ、呼吸の回数を減らす。すぅ、はぁ、深く、静かに。
それとともに汗もすーっとひいていく。
ニオイを消し、気配を殺し、ともすれば荒れがちな感情をさざ波のごとく。自分という存在を闇へと溶け込ませる。
これまで以上に隠形の術を徹底したところで、三人は神殿奥へと。
しかしここにも禍躬シャクドウの姿はなかった。そして床もすっぽり抜けていた。
かわりにあったのが地下へと続く螺旋の道。
神殿の奥は竪穴となっていた。まるで塔を逆さまにして地中に突っ込んだかのような形状。
「ここからでは底の様子はよくわからんな」
「下から流れてくる空気がほんのり温かい」
「どうする? いったん戻って報告するか」
隊長である南部弥五郎からは無理をする必要はないといわれている。
とはいえ対象の存在の有無、その確認もせぬうちに引き返すのは斥候役としては、いささか職務怠慢のような気もする。
そこで三人はこの竪穴に潜ってみることに決めた。
◇
竪穴は天然のものにヒトが手を加えたもの。
壁面を沿うように下へ下へと螺旋に続く道。傾斜は緩やかだが、湿気のせいで床が薄っすら濡れており、気を抜くと足をとられかねない。中間のところどころに平たい場所を設けてあるのは、うっかり足を滑らせて坂道を転げ落ちるのを防ぐためか。
進むほどに地下から流れてくる空気がむっとして、湿気と熱気が増していく。
息がやや重苦しい。
せっかく止めた汗がふたたび噴き出し、肌に濡れた衣の布地が張りつく。動きを阻害されてうっとうしい。
「おい、あれを見てみろ」
先を歩いていた者が指差したのは、竪穴の底の方。
ほんのり明るい。囲炉裏端にて背を丸めては、夜なべをしている老婆の頬を照らす火のごとき優しい橙色。
竪穴の坂道を下りきった先、地の底には三本の川があった。
ひとつは赤い川。
幻想と破滅が共存する緋色。どろりとした溶岩がときおり焔をあげながら、ゆっくりゆっくりと流れている。
ひとつは青い川。
七之助山の雪解けの水でも流れ込んでいるのか、見るからに冷たそうにて触れればたちまち凍えそう。勢いがあり、うかつに足を踏み込めばたちまち体ごと流されてしまうことであろう。
ひとつは涸れ川。
赤と青の流れに挟まれる場所に位置している。川と称したが、より正しくは人工的に石で組まれた水路とおもわれる建造物。ただし現在は何も流れてはいない。
そしてこの三つの流れを繋ぐかのようにして設置されてある大きな水門の姿もあった。
「赤と青、火と水……。ひょっとして、これは大量の湯を一度に作り出すからくりじゃないのか」
「湯が豊富に湧く地域では、湯煙や熱泉を日々の暮らしに取り入れていると聞くが」
「にしても規模が大きい。できた湯を真ん中の水路に流すとして、もしやこの水路は都の地下中に張り巡られているのかも」
山の中腹にある巨大なくぼ地。
半分屋根があるようなものなので、雷雨が多い宝雷島の天候の影響を受けにくい。
そして深山という場所と太陽の光が届きにくい地形であるがゆえに、底冷えし凍えがちになる気温は地下の熱を利用して補う。
地下水路に流す湯を水に切り替えれば、それこそ夏涼しく、冬温かにてかなり快適な環境となることであろう。
忘れられし都の高度な文明をまのあたりにして、驚きと興奮を禁じ得ない三人。
けれどもそんな浮かれ気分はすぐに吹き飛んだ。
隊員らの目が水門の一画に釘付けとなる。
蠢く赤胴色の毛塊……、禍躬シャクドウ!
すぐさま物陰に隠れた三人。火筒を手にして敵影の様子をうかがう。
シャクドウは何かの作業に夢中であるらしく、背後を一顧だにしない。
いまならば簡単に仕留められそうな雰囲気にて、おもわず顔を見合わせる三人。
獲れるときには獲る。躊躇しない。
それもまた禍躬狩りの教えのひとつ。
だから三人は火筒の照星をぴたり、シャクドウの背へと合わせようとしたのだが、瞬間、背中にある第二の顔と目が合い、にへらと笑うのが見えた。
ざらり。
一瞬にして全身の毛が逆立つ。たちまち濃くなる死の気配。戦慄が襲いかかってくる。
シャクドウは侵入者の存在にとっくに気がついている。おそらくは地上にいる仲間たちのことも。
なのにわざわざこんなところに降りて、いったい何をしているのか。
はっとある不吉な考えが浮かび、真っ青いになったのは隊員のうちのひとり。
「いかん! 罠だ。走れっ。すぐに地上へ引き返すんだ。そして隊長にこのことを」
その言葉が終わる前にガコンと重たい音が鳴り響く。
禍躬シャクドウの手により開かれたのは、長らく封印されていた水門の扉。
たちまちあふれ出した赤と青の流れが交わり、激しい蒸気を噴きあげはじめた。
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