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その百三十七 忘れられた都
しおりを挟む宝雷島の中心部にそびえ立つ七之助山。港街から正面に望む東側、中腹付近にあったのは半円形の巨大な空洞。
そこにすっぽりと収まっていたのは石の都。
しぃんとして、ひやりとした空気が漂う。鼻の奥につんとくるのは、かすかな埃っぽさ。
それがこの地に訪れる人間が絶えてひさしいことを物語っている。
ほとんど隙間なく緻密に積み上げられた石壁。敷き詰められた石床。屹立する石柱。
刻んだ年月の分だけ風化こそはしているが、コケむし、木の根やツルらに浸蝕されてもなお、原型を留めている。
「すごいな」
壁が迷路のように張り巡らされた都は細かな文様のよう。
拡張していく過程で自然とそうなったのか、侵入してきた敵勢を惑わす意図があってこのように建造されたのか。
隊列を組み要警戒のまま、入り組んだ内部へと足を踏み入れる一行。
とたんに感嘆の声をあげたのは南部弥五郎。
「一つ一つにおうとつを刻んで、ズレぬようにきちんと組み合わせてある。金物に頼らない木組みと同じような技法を用いられているのか。うーむ、ここを造った連中はかなり高度な技術と文明を持っていたようだ。小夜のやつが知ったら小躍りしそうな場所だな」
円形に切り出された石材。これを組み合わせて造られた柱。そのつなぎ目の筋を指先でなぞりながら、南部弥五郎は感心しきり。
「……なのに誰もいなくなった。争ったような跡はどこにも見当たらないが」
膨大な労力と時間をかけ、苦心して育てた都を放棄する。尋常ではない。
真っ先に緒野正孝が考えたのは戦のこと。他国から攻め込まれて守りきれずに撤退したのかと。しかしそれほどの規模の戦となれば、大なり小なり破壊の痕跡が残るもの。それがここには皆無。まるで全住人たちが、ある日突然、ふつりと煙のごとく消えてしまったかのよう。
このことに緒野正孝は「はて?」と首をかしげていた。
同行している山楝蛇の隊員らもおもいおもいの感想を口にしては不思議がっている。
そんな彼らのかたわらでは黒翼がせわしなく上空を舞い、コハクとビゼン、二頭の山狗らが駆けては、先の様子なんぞを探っていた。
◇
するすると器用に降りてきたのは、最寄りの壁の上へとよじ登っていた隊員のうちのひとり。
報告は以下の通りであった。
「この忘れられた都はほぼ円形をしているようです。そして主だった路はすべて中央の広場へと繋がっている模様。なお広場にはひときわ大きな建物があり、形状からしておそらくは神殿の類かと」
その報告と前後して、コハクやビゼンが発見してきたのは壁や床、柱などに刻まれてある六本爪の傷跡。まるで案内の印であるかのようして点在しており、向かうは広場方面。
黒翼たちも広場の建物に過剰な反応を示している。
どうやら禍躬シャクドウはそこに居ると考えてまちがいなさそうであった。
「どうする? いっきに突入するか」
愛槍の天霊矛、その穂先にかぶせてある鞘に手をかける緒野正孝。
しかし意気込む武官に「いや」と南部弥五郎は首を横に振る。
「まずは現場を自分の目で確認する。広場の様子や周辺の地形も把握しておきたい。なにせ相手はシャクドウだ。知恵が回る。こちらを誘い込む罠の可能性も充分に考えられるからな」
そこで南部弥五郎は部隊を三つに分けて、広場および神殿の動向を見張る者、周辺の経路を把握し記録する者、神殿に潜入し内部の様子を探る者とした。
うちもっとも危険なのは潜入する組。いわば決死隊のようなもの。
選ばれたのは山楝蛇の隊員らの中でも、とくに隠形の術に長けて身軽な者のうちの三名。
「いいか、けっして無理をするな。深入りする必要はない。わずかにでも身の危険を感じたらすぐに引き返せ」
隊長の言葉にコクンとうなづく三名。
必要最低限の荷物だけの軽装となり、すぐさま出発する。
これを見送ってから他の隊員らも動きだした。
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